1-8 ノワール
公爵と少し話をした後、アルバートはわたしを抱っこして立ち上がった。
「それでは父上。私達はそろそろ部屋に戻ります」
公爵に言う。
「そうかい?」
公爵は少し名残惜しそうな顔をした。もっと息子と話をしたかったらしい。だが引き留めはしなかった。
「行こう、ルーベルト」
アルバートは手を差し出す。
「ルーベルトも連れて行くのか?」
公爵は拗ねた顔をした。
「子供には子供の世界があるのです。大人は大人として、仕事をしてください」
アルバートはちらりと執事を振り返る。そわそわしていた。仕事が溜まっているらしい。
「アルバートは私に厳しいね」
公爵はやれやれという顔をした。だが、怒らない。そういう息子を頼もしく思っているのだろう。
ルーベルトは差し出された手を取って、引っ張られるように部屋を出た。
そのままアルバートの部屋に向かう。
アルバートの部屋は続きの二間で、一つは書斎になっていた。机があって沢山の本がある。壁は一面本棚になっていた。この世界の本にどのくらい価値があるかわからないが、公爵家が半端ないお金持ちなのは確かだろう。
もう一部屋は寝室で、ベッドが置いてあるようだ。わたしの寝床は寝室に作られるらしい。
「あんな言い方をして。父上が拗ねると厄介だよ」
アルバートとルーベルトはソファに並んで座った。ルーベルトは心配そうな顔をする。
「大丈夫だよ。仕事が溜まっているのは本当だから。私が言わなくても、そのうちじいに叱られて、仕事をすることになっていたよ」
アルバートは気にしない。
「それより、この子の件だけど。意地悪したんじゃないよ」
ルーベルトに言い訳した。
自分が横取りした形になったことを気にする。
「わかっているよ」
ルーベルトは頷いた。
「私が使い魔は犬にするつもりだと言ったことを覚えていたのだろう?」
アルバートに問う。
「ああ。何を考えているのか読めない猫より、主人に忠実な犬の方が自分には向いていると言っていただろう?」
アルバートは頷いた。
「そう。たぶん犬の方が相性がいいと思うんだよね」
ルーベルトも頷く。
(わかる。公爵もアルバートも犬っぽいよね)
わたしはアルバートの膝の上で勝手にうんうんと同意した。アルバートも公爵もわたしから見ると犬タイプだ。頭の上に犬耳が見える。その耳は感情表現が豊かで、嬉しければピンと立ち、悲しければ伏せられる。
ルーベルトは絶対、犬の扱いが上手いだろう。二人の犬っぽい家族ととても上手く付き合っている。
「ルーベルトには自分の好きな子を選んで欲しかったから、この子は私が貰ったんだ。使い魔を何にするかなんて、特に決めてなかったしね」
アルバートの手がわたしを撫でる。
軽くディスられている気もしないでもないが、悪意がないのはわかるから許そうと思う。それより、なんたか眠くなってきた。
「くわっ」
あくびをする。
そんなわたしに二人がびっくりした。
「今、欠伸をしたね」
くすくすと楽しそうにルーベルトが笑う。
「こいつ、自由だな」
アルバートが苦笑した。
「猫ってそんなものだろう」
ルーベルトが微笑む。
「まあ、眠い気持ちはわかるけど。なんだか、疲れた」
アルバートも小さく欠伸した。
「契約で魔力を使ったから、疲れたんじゃないか? 少し眠ったら?」
ルーベルトの手がアルバートの頬に触れる。心配そうに顔を覗き込んだ。
「じゃあ、膝枕して」
アルバートは甘える。
「いいよ」
ルーベルトは頷いた。
アルバートは膝の上のわたしを持ち上げ、ごろんと横になる。ルーベルトの膝に頭を乗せ、仰向けで上を向いた。自分の胸の上にわたしを下ろす。
わたしはアルバートの胸の上で丸くなった。
「大人しい子だね。名前はもう決めたのかい?」
ルーベルトが尋ねる。わたしの身体を撫でた。
「ノワール」
アルバートは答える。
「白猫なのに?」
ルーベルトは首を傾げた。私もそう思う。それは黒猫の名前だろう。
「いいんだよ。ノワールで。この子に似合っているだろ?」
アルバートはルーベルトを見上げた。
「そうだね」
ルーベルトは優しい目でアルバートを見る。さわさわと優しくアルバートの髪を撫でた。
アルバートは幸せそうに笑って、目を閉じる。
ルーベルトはずっとアルバートの髪を撫で続けていた。
(兄弟っていうより、カップルみたいなんですけど)
眠くなりながら、わたしはそんなことを思う。だが二人ともイケメンなので、眼福だ。
(まあ、仲悪いより良い方がいいに決まっているよね)
そんなことを考えながら、わたしも目を閉じる。眠りに落ちた。
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