1-7 家庭の事情

 その後、女の子3人の契約も行われた。

 わたしはアルバートの腕の中から、その様子を眺める。自分に行われた儀式と同じ儀式に見えたが、少し違う気もした。


(何かが違う)


 わたしは注意深く観察する。そして、使い魔の身体に絡みつく言葉のリボンがわたしの時よりずっと短く縛りが緩いことに気づいた。


(手を抜いているとか?)


 そう考えて、直ぐにまさかと否定する。使い魔との契約はとても大切なはずだ。手を抜くなんてあり得ない。


(そうなると、これが普通で、わたしの時に余計なことをしたパターンかな?)


 考えても、正解を教えてくれる人はいない。

 もやもやした。

 そんなことをつらつらと考えている間に、女の子達の契約も無事に終わる。


「儀式は以上になります」


 おじいさんが公爵に終了を告げた。


「ご苦労だった」


 労いの言葉が公爵の口から出る。

 おじいさんは小さく頭を下げて、下がった。メイドや執事らしき人たちが控えている壁際に並んで立つ。


「さて。これで今日の用事は全て終了だ。君はアリエル達を連れて帰ってくれて構わない」


 公爵は夫人を見る。その横顔はちらりと見えただけだが冷たかった。

 夫婦仲が上手くいっていないことが一目でわかる。2人は別居しているようだ。


「そんなに急いで追い出さなくても、帰りますよ。貴方の生活を邪魔するつもりなど、ありませんから」


 夫人はそう言うと、立ち上がる。


「帰りますよ、アリエル」


 娘に声を掛けた。


「はい」


 アリエルは返事をする。


「失礼します。お父様」


 公爵に挨拶した。他の2人もそれに続く。

 夫人と3人の少女達は部屋を出て行った。それを執事風の男性だけが追いかける。

 部屋の中は不自然にしんと静まりかえった。


「あのような言い方をしなくても、もう少し穏便にはできませんか?」


 困ったようにおじいさんが呟く。


「十分、穏便にしている。自分の血を引いていない娘を自分の娘として育て、使い魔も与えた。そのために儀式の場も用意した。これ以上の温情が必要か? あれが勝手に作り勝手に産んだ子供でも、アリエルに罪はない。父親として、成すべき事はなしているつもりだ。だが、わたしの子ではないのも事実。わたしの可愛い子供はここにいるルーベルトとアルバートの2人しかいない。わたしの愛情がこの子達以外に向くことはこの先もない」


 公爵はきっぱりと言い切った。そして息子達を振り返る。


「こちらにおいで、2人とも」


 とても優しい声で呼んだ。

 2人は公爵の隣に移動する。父親を挟んで、両隣に座った。

 公爵はそんな2人の肩に手をかけ、ぎゅっと自分に引き寄せる。


「私の愛しい息子達。今日は気まずい思いをさせて悪かったね。あれが来ると、どうにも雰囲気が悪くなる。ルーベルトはともかく、アルバートにも優しさがないのはどうかと思うが、関わらせたくないからそれはそれで丁度いい」


 公爵の言葉に、おじいさんが困った顔をした。


「それは旦那様がアルバート様を奥様から取り上げたからですよ。3歳になる前に取り上げられ、その後ほとんど会わせてもらえない息子に愛情を持てというのも難しいでしょう」


 苦言を呈する。


「それはあれが他の男の子を身籠もったからだ。私達は契約結婚で、男の子を一人産んだら別居し、それぞれ自由に暮らす約束をしていた。だから、あれが誰と遊ぼうと構わない。しかし、身籠もるのは駄目だ。生れてくるのは、対外的には私の子になる。公爵家の血を引かぬ人間に公爵家のものは何一つ、渡せない。幸い、生まれてきたのが女の子だったから見逃したが、そうでなければ母子共に追い出すつもりだった」


 公爵は憤慨した。


「父上」


 困ったように、ルーベルトはそんな父親の言葉を遮る。


「アルバートにとっては母と妹です。そのような言い方は……」


 アルバートを傷つけると、言外に諭した。


「ああ、そうだな。私も別にアリエルが憎いわけではない。将来困らぬよう、良き縁談を見つけて嫁がせるつもりだ。だから、妹の事は心配いらない。アルバートが気に病むようなことは何もないよ」


 公爵はアルバートを気遣い、優しい言葉をかける。優しい手が息子の頬を撫でた。


(なんていうか、愛が重い)


 アルバートの膝の上で彼らの会話を聞きながら、わたしはなんとも微妙な気持ちになる。

 公爵が息子達を愛しているのはよくわかる。だがきっと、それは子供達には負担だろう。

 妻を嫌っている公爵。

 嫌われていることを自覚している妻。

 不倫の末に生れたであろう、公爵家の血を引かない娘。

 公爵の血を引き、父に溺愛されている腹違いの兄弟。

 昼ドラちっくな相関図に、どろどろな予感しかしなかった。


「それにしても、アルバートがルーベルトの使い魔を取ってしまうとは驚いた」


 公爵はふと、思い出したようにアルバートの膝の上にいるわたしを見る。

 見上げていたわたしと目が合った。


「違うんです、父上」


 アルバートは苦笑する。


「白猫を使い魔にしたら、何かの折りにルーベルトが母から嫌味を言われるかもしれない。でも私なら、母もさすがに嫌味は言いません。私は使い魔にこだわりもないし、何でも良かったので。この子でいいと思ったんです」


 告げられた言葉に、わたしは複雑な気持ちになった。


(つまり、いろんなことを加味して妥協した結果ということだよね? ……なんか、告白もしていないのに振られた気分)


 ちょっと凹む。だが、よく考えればアルバートにわたしを選ぶ理由は何もなかった。


(とりあえず、兄弟想いの優しい子だってところはポイントが高いので、それでいいと言うことにしよう)


 わたしが自分を納得させていると、ルーベルトが苦く笑う。


「そんなこと、気にしなくていいのに。私は別に何を言われても、平気だよ」


 首を横に振った。


「自分が嫌なんですよ。ルーベルトが母にいろいろ言われるのは」


 アルバートは口を尖らす。


(子供みたい。……あ、本当に子供か)


 2人とも、高校生くらいなので十分に子供だった。













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