1-6 主

 おじいさんはわたしは掴み上げた。アルバートに渡す。

 アルバートはわたしを両手で持ち上げ、目を覗き込んだ。


「なるほど」


 そう呟く。


(それはどういう意味?)


 気になったが、聞けるわけもない。


「ほら」


 そう言って、アルバートは隣にいるルーベルトにわたしを見せた。


(ん?)


 わたしは少し意外に思う。2人はなんだか仲が良さそうに見えた。

 アルバートはルーベルトの方に身を寄せ、ルーベルトもアルバートの方に身を乗りだしている。そしてわたしの顔を覗き込む。


「可愛いね」


 ルーベルトの優しい声が聞こえて、手がわたしの頭を撫でた。

 気持ちがよくて、目を細める。


(なんかわかんないけど、ルーベルト好き)


 猫の直感でそう感じた。

 アルバートは優しくわたしを抱きかかえる。やんちゃそうに見えたが、そうでもないらしい。

 わたしはちらりとまだテーブルの上に残されている兄弟猫たちを見た。

 女の子達がテーブルを取り囲んでいる。自分の使い魔を選んでいた。ああでもないこうでもないと言い合っている声が響く。

 最初に選んだのがアリエルで、次に選んだのが赤毛の子だ。残ったのは茶色の子に渡される。

 歴然とした力関係がそこには見て取れた。


(5人ともこの家の子というわけではないのかも)


 わたしは関係性を推測してみる。


(アリエルとアルバートは兄妹。そして2人はたぶん夫人の子。夫人も2人と同じ金髪なので、たぶん正解だろう。残りの女の子2人は家族というより、アリエルの友達とか親戚とかそういう感じ。遠慮しているのがわかる。ルーベルトは夫人の子ではないけど、公爵の子供。愛人の子とかそういう感じかな)


 たぶんこの推測は大きく外れてはいないだろう。


(ちょっと複雑だけど、貴族ってこんなものなのかな)


 そんなことを考えていると、おじいさんがなにやら用意を始めた。

 ぞわぞわっと何かがわたしの背筋を走る。それは悪寒のようなものかもしれない。

 何かが起こることを察した。


「ではそれぞれの使い魔も決まったことですし、このまま契約の儀式を始めたいと思います」


 おじいさんの声が部屋の中に重く響く。


「誰から始めますか?」


 おじいさんは公爵に聞いた。この場の決定権は全て公爵にある。


「では、アルバートから」


 公爵は息子を指名した。


「はい」


 アルバートはわたしを抱えたまま、前へ出る。


(えっ? 最初? 二番目くらいがいいよ。他の人がやるのを見て、何をされるのか確認してから挑みたいよ)


 わたしはにゃーにやー鳴いたが、抗議の声はもちろん伝わらない。

 アルバートはおじいさんの隣で足を止めた。

 おじいさんは手に光るものを持っている。


(ナイフだ!!)


 そう思った瞬間、耳に痛みが走った。切られたのがわかる。血が流れ出る感覚があった。

 抗ったり暴れたりして当然なのに、わたしの身体は動かない。固まっていた。

 その時初めて、自分たちが魔方陣の中にいるのだと気づく。何かの魔法が発動していた。その影響で、わたしは動けない。

 おじいさんはナイフでアルバートの指先にも傷をつけた。血が盛り上がって、球をを作る。その血をアルバートはわたしの耳の切り口に押しつけた。

 アルバートの血がわたしの中に入ってくる。


(!!)


 なんともいえない衝撃がわたしの中に走った。あえていうなら、痺れかもしれない。ぞわぞわっと細胞が泡立つ。身体の隅々まで、何かが流れる。

 毛が逆立つのを感じた。

 おじいさんが低く小さく呪文を唱え始める。

 言葉が文字となって、帯のように連なった。その言葉のリボンはわたしの身体を取り巻く。


(何、これ? 怖いっ)


 本能的な恐怖を感じた。未知のものは怖い。それは生残るための遺伝子に刻まれた警告だ。

 だが、わたしの身体は相変わらず動けない。

 言葉のリボンはわたしの身体に触れ、吸収された。


(!!)


 それがわたしを縛るもので、枷であることを悟る。

 そして繋がった感覚があった。


(手が痛い。でもこの痛みはわたしのものじゃない)


 指先をナイフで切ったアルバートの痛みを感じる。繋がるとはこういうことかと思った。

 おじいさんは呪文を止める。

 ふっと金縛り状態が解け、身体が自由になった。


「にゃー」


 わたしは一声、鳴く。


「無事に契約は完了しました。これでアルバート様と使い魔の猫は繋がりました」


 おじいさんは説明した。


「ああ、わかるよ。この子の痛みが伝わってくる」


 そう言うと、アルバートは痛みがあるわたしの耳に触れる。痛みがすっと消えた。アルバートが治したらしい。ついでに、アルバートの指の痛みも引く。

 傷があるはずの耳には何かがつけられた。イヤーカフみたいなものだと思う。

 わたしは手でその何かに触れた。固くて冷たい感触がある。だが、それが何かはわからない。

 気になって、手でかしかしと掻いていると、アルバートに手を掴まれた。


「掻いてもそれは取れないよ。お前が私の使い魔である証のようなものだからね。使い魔はみんなこういう証をつけるんだ」


 説明してくれる。

 思ったより、アルバートは親切だ。


(鏡が見たい)


 自分の姿を確かめたかったが、それが出来ない相談なのはわかっている。

 アルバートはわたしを抱っこしたまま、ルーベルトの隣に戻った。




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