1-5 5人の子供
おじいさんは籠に入れられたわたしたちを家主である公爵達が待つ部屋へと連れて行った。
部屋の中には大きなテーブルがあって、そのテーブルの上にわたしたちは籠から出して置かれる。
(こんなところで出したら危なくない? よちよち歩いて、落ちちゃうよ)
わたしは思わず、他の兄弟猫を見る。自分はそんなことをしないが、彼らは端まで行ったら落ちることを知らないだろう。
だが、それはいらぬ心配だった。歩き出した彼らは一定のところで止まっている。どうやら目には見えないが壁がそこにはあるようだ。おそらく、魔法で何かしているのだろう。
わたしはくるりと辺りを見回した。
部屋の中にはロイエンタール家の主らしき男性とその妻らしき女性がいる。どちらもまだ30代くらいに見えた。若いし、美男美女だ。
2人はゆったりとソファに腰掛けている。
その後ろに子供が5人並んで立っていた。中学生くらいの少女が3人。1人は金髪で可愛い顔立ちをしているけれど気が強そうな子。茶色の髪の子は大人しくて気が弱そう。赤毛の子はどこか冷めた目をしているが、芯がしっかりしていそうだ。
少年の2人は高校生くらいに見える。金髪の活発そうな子はたぶん、金髪少女の兄だろう。顔立ちも似ている。だが、どちらが美人かと聞かれたら確実に兄の方だ。似ているのに、少女の方が少しずつ兄に劣っている。少年の劣化版という感じだ。おそらく、本人もそれに気づいている。それが気の強さに繋がっていて、少女の印象を悪くしている気がした。なんだか可哀想と思ったが、たぶん彼女はそんな同情を向けられる事も我慢できないタイプだろう。
もう1人の少年は黒髪に深い緑の瞳をしていた。思わず見惚れそうな美少年で、物静かだが凛とした強さを感じる。
どの子も基本的に整った顔をしていた。お金持ちや権力者は配偶者に美男美女を求めるから、美形の遺伝子が綿々と受け継がれ、子孫は総じて整った顔立ちになると何かで読んだことを思い出す。もちろん、前世で。
「ただいま、戻りました」
おじいさんは公爵に挨拶した。
「うむ、ご苦労であった。それでどうだ?」
公爵は成果を聞く。
「どの子も強い魔力を持っていると思います。ロイエンタール家の使い魔になる素養は十分にあるでしょう」
おじいさんは答えた。
「ただ一匹、変った子がいました」
すっとおじいさんの視線がこちらを見る。気のせいではなく、わたしに注がれていた。
「白猫ですが、珍しいオッドアイです」
説明する。
「ほう。オッドアイか。黒猫ではないことを差し引いても、興味深いな」
公爵は興味を示した。少し、身を乗り出す。
「わたしは嫌よ」
そこに少女の声が響いた。
公爵もおじいさんも驚いた顔で、口を開いた金髪の少女を見る。
「アリエル」
女性の声が咎めるように少女の名前を呼んだ。自分の娘なのだろう。
「どんなに珍しくても、白猫なんて嫌。わたしは黒猫を使い魔にするのよ。最初から、そう決めていたんだから」
アリエルは咎める声も気にせず、主張した。それはわがままな発言だが、可愛らしいと言えなくもない。笑って許せる程度のものだ。
「ご安心ください、お嬢様。お嬢様方の黒猫3匹はちゃんと別にご用意しております。わたしが今話しているのは4匹目の白猫の話で、お嬢様方にお薦めしている訳ではありません」
おじいさんは静かに、しかしはっきりと告げた。
それは一見、わがまま娘の言い分を通したように聞こえる。
だがわたしには、価値のわからないお前に預ける気など初めからないと切り捨てているように感じた。
(それにしても、毛の色一つでそこまで嫌がられるなんて)
わたしはちょっとした衝撃を受ける。前世にだって、差別はあった。だがわたしは日本で生まれ育ち、自分が差別する側にも差別される側にもなったことはない。人種差別は習ったし、自分もアジア系としてどちらかといえば差別される側の人間であるも知っていたが、それはどこか遠い自分に関係ない話だった。
はっきりと差別されたのは、今が初めてだ。しかも、毛の色なんて自分ではどうしようもないもので。
ふつふつと怒りのようなものが湧いてくる。
(こっちだって、あんたみたいな主はごめんよ!!)
わたしは心の中で毒づいた。
「ですので、こちらの白猫は……」
「私が貰おう」
おじいさんの声を遮って、少年が発言する。金髪の方の彼だ。声も妹よりずっと澄んでいる。
「アルバート様」
おじいさんは困惑を顔に浮かべた。彼がわたしを薦めたかったのはどうやらもう1人の黒髪の少年の方らしい。
(わたしもどちらかと言えば、黒髪の彼がいいな)
アルバートが嫌いなわけではないが、アリエルの兄だと思うとイメージは良くない。闊達そうな雰囲気も、乱暴に扱われそうで敬遠したかった。
「アルバート。貴方はロイエンタール家の正当な跡取りです。使い魔に白猫を選ぶ必要がどこにあるというのです?」
夫人の少し苛立った声が部屋に響く。
公爵は何故か面白そうな顔で黙って成り行きを見守っていた。
おじいさんは困った顔をしている。
おそらく夫人がそう言い出すことはわかっていたから、黒髪の少年に薦めるつもりだったのだろう。
「ただの白猫ではありません、オッドアイです。使い魔は珍しい特性があるほど魔力が強いと言われています。オッドアイの猫は私に相応しいのではありませんか?」
アルバートは母を見た。
「……」
夫人は黙る。反対する理由がみつからないのだろう。
「父上。白猫は私にください。使い魔とします」
アルバートは父に頼んだ。
公爵は黒髪の少年を振り返る。
「ルーベルト。じいはおそらく、お前のために白猫を連れてきたはずだ。お前は自分の白猫をアルバートに取られてもいいのか?」
問いかける。
「アルバートが望むなら、私はそれで構いません」
ルーベルトは静かに答えた。
その一言で、わたしの主はアルバートに決まる。
(なんだか人間関係が複雑そう)
わずかな時間のやりとりの中で、わたしはそう感じた。
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