1-4 ロイエンタール家
わたしは他の兄弟猫3匹と一緒に籠の中に入れられた。この世界に猫用キャリーケースなんて便利なものはない。怪我をしないよう、布が敷かれているのがせめてもの気遣いだろう。
籠に入れられたわたしたちは馬車に揺られて運ばれる。はっきり言って乗り心地は悪かった。道も良くないのだろうが、悪路の振動がそのまま内部に伝わる。がったんがったん揺られて、眠ることも出来なかった。
尤も、新幹線並みの乗り心地でも、わたしに寝るような余裕はなかっただろう。自分の主になるかもしれない相手との対面に、わたしは緊張していた。
そんなわたしにおじいさんの視線はずっと注がれている。籠には蓋なんてない。上からはのぞき放題だ。
「お前は本当に、変った魂の形をしているね」
そんな呟きと共に、手が伸ばされる。わたしの顔を撫で、顎の下をくすぐられた。
わたしは内心ドキッとしたが、それを態度に出すようなことはしない。
「にゃーん」
可愛らしく鳴いて、愛想を振りまいた。
(何の事でしょう? わたしは可愛いだけの猫ですよ)
精一杯、それをアピールする。
「くっくっくっ」
おじいさんは笑った。
「本当に面白い」
とても愉快そうだが、わたしはちっとも面白くない。意味深な態度に、ただ苛々する。何がどう面白いのか、小一時間ほど問い詰めたい気分だ。
そんなことを考えているうちに、がたんっとひときわ大きく揺れて、馬車が止まった。思いの外、ブリーダーの家から近い。
「さて、参ろう」
そう声を掛けたのは明らかにわたしに対してだろう。
「にゃあ」
思わず返事をしてしまった。少しばかり、しまったと思う。
おじいさんがまたくっと笑ったのが聞こえた。
籠の中から見える範囲しか、わたしには周囲の状況がわからない。だがそんな断定的な視界でも十分、この家がとても広くて豪華な事はわかった。天井でシャンデリアらしきものがキラキラしている。
(日本なんて目じゃない格差社会)
貴族が特権階級であることは容易に察しがついた。富は一部の富裕層に集まる仕組みなのだろう。普通なら暴動が起きそうなものだが、この世界では起こらない。何故なら、庶民が束になっても敵わない圧倒的な魔力を貴族達は持っているからだ。
この世界には魔法は日常生活に根付いていて、魔力は誰もが持っている。だが、その魔力の大きさには平民と貴族では歴然とした違いがあるそうだ。平民が使える魔力は火をつけたり水を出したりする程度で、生活をちょっと便利にする程度のものだ。例えば空を飛ぶような大きな力はない。
だが貴族は極端な話、天変地異を起こすくらいの力があるらしい。雨を降らせ、地を裂き、風で吹き飛ばす。空を飛ぶくらいは普通で、貴族の移動は馬車ではなく自分の魔力で作り出す獣(騎獣)だそうだ。
あの家で、母親は何度も子供達に貴族のことを話して聞かせていた。貴族とは関わるな、逆らうなと教え込む。その気になれば街一つくらい、貴族は消し去ることが出来るのだと子供達を脅す。
その話がどこまで真実なのかはわからないが、大人が貴族を警戒し、子供達を近づけたくないと思っているのは確かだ。貴族とは畏怖の対象らしい。
(そんな貴族と主従契約を結んで、大丈夫かな?)
今さら不安に思ったが、他に選択肢がないのも事実だ。覚悟を決めるしかない。
(せめて、わたしの主が優しい人でありますように)
わたしは心から祈った。
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