1-3 運命の日。


 あっという間に2ヶ月が過ぎた。今日はわたしたちが売り渡される日だ。ロイエンタール家との仲介役の人物がわたしたちを引き取りに来る。

 ロイエンタール家というのは公爵家で、この辺一帯を治める領主のようだ。大変なお金持ちで、お城のような屋敷に住んでいるらしい。女の子がわたしたちがどんな家に飼われているのか気にして、母親に質問してくれたおかげで、それがわかった。使い魔として引き取られるには、これ以上無いお家らしい。


(まあ、お金を持っている上級貴族がいい人とは限らないけど)


 むしろ、わたしは警戒していた。動物を虐待するような人である可能性だってある。

 猫としての生活は人間頼りで、とても不安定だ。良い主に巡り会えなければ、人生ならぬにゃん生が終わる。

 女の子もそれは同感のようで、そのことも質問してくれた。猫ちゃんを苛めたりしない?と問う。

 母親は大丈夫だと請け負った。

 使い魔は誰でも持てる訳ではないし、何匹も持てる訳でもないらしい。使い魔というのは主と血の契約を交わすそうだ。魂の一部が繋がるらしい。そんな自分の一部を共有する存在を虐待するような愚かな貴族はいない。痛みは自分にも返ってくるのだから。


(ちょっと安心)


 ほっとしていると、客が来た。

 呼び鈴がなり、母親が少しだけ緊張した顔をする。その気配から、相手が格上であることがわかった。


「ようこそいらしてくださいました。猫たちの準備は出来ています。ご確認ください」


 そんな声と共に、出迎えに行った母親が戻ってくる。

 テーブルの上で箱に入れられているわたしたちのところに客を連れてきた。


「どれ……」


 そう言って、箱を覗き込んだのはおじいさんだった。白い髭を蓄えたその顔は魔法学校が舞台の映画の中に出てきた校長っぽい。


「一匹だけ、白いのがいるな」


 鋭い眼光がわたしを見る。


(この人、怖い)


 わたしはぶるっと身体を震わせた。

 穏やかで優しい表情をしているのに、目だけが少しも笑っていない。


「にゃあ!!」


 思わず、わたしは鳴いた。後ずさりしたくなる気持ちを押し殺して、四肢を突っ張る。相手の圧に逆らった。


「ほう」


 おじいさんは何かを考える顔をする。だが、考えたことを口には出さなかった。


「魔力を持っているのは、この子とこの子とこの子……」


 そう言いながら、兄弟猫たちを持ち上げていく。どの猫も真っ黒い。

 わたしは内心、焦った。おじいさんは見ただけで、魔力の有無がわかるらしい。


(わたしはダメなの?)


 自分では魔力はあると感じていた。だが、根拠は何もない。ただ自分の中に力の流れのようなものを感じているだけだ。それが魔力なのかどうかは確かめようがない。

 この世界では、魔法は日常生活の中で普通に使われていた。火をつけたり、水を出したり、生活を便利にしている。だがその魔法を使うために、誰も呪文を口にしたりしなかった。心の中で、唱えるだけでいいらしい。だから見ているだけのわたしには、どうやって魔法を使っているのか理解できない。


(みんな当たり前に使っているから、子供達もそういうことは質問しないんだよね)


 自分の代わりに聞いてくれる人がいないので、情報を得られなかった。

 自分も魔法が使えるか試してみたいのに、チャレンジさえ出来ない。


(ああ、話が出来ないって不便)


 猫であることの限界を、わたしは嘆いた。

 だが、ここで諦めたら全てが終わる。ネズミを追いかける生活は嫌だ。


「にゃにゃ!!」


 連れて行ってと、わたしはアピールした。


「にゃにゃ!!」


 しつこく、鳴く。


「わかっている。そう焦るな」


 おじいさんはふっと笑った。わたしを見る。


「この子も連れて行こう」


 摘まみ上げた。


「良いのですか?」


 母親が驚いた顔をする。欲しいと言われていたのは3匹だ。その3匹はもう選ばれている。珍しいオッドアイでも、やはり白猫は無理だと思っていた。


「この子は変っている。ちょっと面白いことになるだろう」


 おじいさんは意味深な顔をする。


(連れて行ってもらえるなら、何でもいいわ)


 わたしは精一杯可愛らしく、おじいさんに媚びを売る。人間だったときは、媚びを売る女は嫌いだった。他人に依存しないと生きていけないことに、生理的な嫌悪を感じる。だが今のわたしは猫だ。人間に依存しないと生きていけない。媚びの一つや二つ、生きるためにならいくらだって売ろう。


「本当に変っている」


 おじいさんはなにやら満足そうな顔をした。


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