1-2 ポジティブ。
ところで、わたしには自分が死んだ記憶がない。
気づいたら、ここにいた。
目が開くまでの一週間ほどは本能で生きる。自分が生れたばかりの何かであることは理解していた。
自分の置かれている状況が普通ではないことは一目瞭然だ。……見えてはいないけれど。
真っ暗で何も見えないが声は聞こえた。そして、何も見えないのは目が開かないからだと気づく。
(あー、これはあれか。死んじゃって、転生したとかいうパターンか)
どうやらわたしは自分で思っていたよりずっと肝が据わっていたらしい。驚きすぎてパニックを起こすより、冷静になった。頭が冴えていく。
ヲタク気質のわたしは異世界転生モノなら腐るほど読んでいた。とりあえず現実を受け入れる。こういう場合、異世界で生きていくしか方法がないのはお約束だろう。
とりあえず耳をすますことにした。目が見えない今、情報は耳からしか入ってこない。
家の中で聞こえる声は3人分。
大人の女性と、男の子と女の子。お母さんと兄と妹だろう。それぞれが呼ぶ呼び方でそう判断した。
ここに住んでいるのは3人だけらしい。大人の男はいない。仕事で家を空けているのか、亡くなったのか。どちらなのかは定かではないが、いないことは確かなようだ。
もっといろいろ把握したいと思ったのに、何故かとっても眠い。眠すぎて、意識を保っていられなかった。気づいたら、寝てしまっている。
おかげで、目が開くまでの一週間でわかったのはこの家の家族構成だけだ。
(不甲斐ない)
わたしは自分のだめっぷりを反省する。
一週間も何をしていたんだと自分を省みるが、寝ていた記憶しか無い。
(そりゃあ、猫だもの。寝るよね)
寝る子と書いてネコと読むことを思い出した。
だが目が開いて、世界が見えるようになった。ここが剣と魔法のファンタジーワールドであることは理解したし、自分が猫であり使い魔として生きる手段があることも知る。
猫なんて非力なものに生れて、この先の人生を『詰んだ』と思ったが、諦めるのはまだ早いようだ。
(どうせ猫に生れるなら、現代日本に生れてお猫様として悠々自適ライフを送りたかったよ)
心の中で愚痴る。
だがこの弱肉強食の気配が漂う世界で、生きる手段があるだけラッキーかもしれない。しかし、黒猫ではないわたしが使い魔として選ばれるには、何か特筆すべきものがなければ難しいようだ。
(今のわたしに出来そうなことは……)
考え込む。
「んにゃ~」
気づいたら、唸っていた。
「どうしたの? 猫ちゃん」
女の子がわたしを見る。変な声を出したので、心配されたようだ。
(あ、これだ。わたし、猫だけど人の言葉が理解できる!!)
はっと気づく。これはなかなか高ポイントなのではないだろうかと、浮かれた。しかし次の瞬間、問題があることにも気づく。
どうやって、人間の言葉を理解していることを示せばいいのだろう?
猫のわたしに人間の言葉を発することは出来ない。声帯が違うので、無理なようだ。すでに一度、出来るか試している。
だが喋る以外で、相手に言葉を理解していることを伝えるのは難しい。
(書くのは猫の手ではもっと無理。でも、文字を指さすことならできるかも?)
猫の手はペンを持てないけど、文字を示すくらいなら可能だろう。
(問題は、言葉を理解しているのと文字が読めるのは別物ってことよね。果たして、わたしは文字を読めるのだろうか?)
不安を感じる。だが、それを確かめる手段があることをわたしはもう知っていた。
中世くらいの世界観のここに、学校はないらしい。子供は家で親が勉強を教えていた。母親は上の子には算数を、下の子には読み書きを教えている。あいうえおから教えている母親の声をこの一週間、何度も耳にしていた。
わたしはそれに便乗することにする。
「そろそろ時間よ。用意しなさい」
母親が子供達に声を掛けた。勉強時間は決まっている。
「はーい」
女の子は返事をし、小さなちゃぶ台みたいな机の前に座った。わたしは女の子について行き、机の上に乗る。
猫のわたしは相当に運動神経がいい。兄弟猫がまだ満足に動けないうちから1人だけ動けたし、ジャンプも得意だ。机に乗っかるくらい何でもない。
「猫ちゃん、どうしたの?」
机の上に乗ったわたしに女の子は驚いている。
「にゃあ」
可愛らしく、わたしは鳴いた。猫の愛され特権を存分に活用する。子猫はみんな愛らしい。本人(本猫?)が愛嬌をそこに上乗せするのだから、可愛さは無双だ。
(可愛いは正義よ!!)
わたしはたっぷりと愛想を振りまいた。
「ふふっ。可愛い。一緒にお勉強したいの?」
冗談で聞かれているのはわかったが、わたしはにゃあとさらに可愛く返事をした。
「母様。猫ちゃんが一緒にお勉強したいって」
女の子は母親に訴える。いつもは直ぐに飽きてやる気をなくす娘がその気になるならと、彼女はあっさり猫の同席を許した。
(ラッキー)
わたしは心の中で小躍りする。
ちなみにこの家の人間はわたしたちのことを猫ちゃんとまとめて呼ぶ。名前をつけないのは、売られていくからだ。愛着が湧かないようあえてそう呼んでいる。シビアだが、彼女たちにも生活がかかっている。
(もし使い魔になれなくて、売れ残ったらどうしよう)
わたしは不安を覚えた。このままこの家で飼ってもらえるなんて幻想は抱いていない。そんな余裕、たぶんこの家にはない。わたしたちに食事が提供されるのは、商品だからだ。
(どこかの家で、ネズミから穀物を守るために飼われるとかはきついな)
ネズミをとる自分を想像し、身体が震える。
自分のためにも、この家のためにも、使い魔として高く売れなければいけないと、わたしは使命感を新たにした。
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