閑話: 予想外(アルバート視点)
ノワールを守るためには、祖父の協力が必要だとアルバートは思った。
この社交期間中に、呼び出されることをアルバートは覚悟している。四大公爵家には不文律があった。それぞれの家の力は均整が取れていなければいけない。どこかが力を持ちすぎるのも、どこかが暴落するのも、許されなかった。それは国を乱す要因になる。そうならないよう、不文律を守るための機関が存在した。
ノワールの存在は彼らにとって少々、厄介だ。
大きな力を持ちすぎている。
彼らが掴んでいる情報は一部だろうが、それでも十分に脅威を感じているのは想像するに容易かった。
前当主である祖父は引退した今もなお、強い権力を保持している。ノワールのことで横やりが入った場合、味方につけておけばかなり心強かった。
ノワールにたらし込むよう、唆す。
だが、ノワールはだいぶ胡散臭げだ。祖父を警戒している。
(無理か)
アルバートは諦めかけた。
ノワールはなんだかんだいってネコだ。気まぐれだし、やりたくないことはかたくなに拒否する。
だが意外にも、ノワールは祖父を気に入った。くんくんと匂いを嗅いでから、様子が変わる。
「な~お」
滅多に聞こえないような声を上げて、すりすりした。
そんなノワールの姿に、祖父はメロメロになる。
厳格で、実の孫にも甘い顔なんて滅多に見せない祖父がいかにも好々爺という表情を浮かべて、ノワールを抱きしめた。
(嘘だろ……)
アルバートは戸惑う。そんな祖父は初めて見た。
よしよしとノワールの背中を撫でる祖父の手はとても優しい。ノワールを甘やかした。
そんな祖父にノワールも遠慮無く甘える。
好き好き大好きという感情を、全身で表していた。
(私の時より甘え方が凄くないか?)
自分が唆したとはいえ、アルバートは複雑な気持ちになる。
ノワールを取られたように感じた。面白くない。
そしてそこから先、パーティの間中、祖父はノワールを離さなかった。
膝に乗せたり、抱っこしたり。常に自分の側にノワールをはべらかす。
祖父に挨拶に行く人は自然、ノワールのことに触れざる得なかった。
祖父の機嫌を取るために、ノワールの機嫌を取る。
ノワールは愛想良くしていた。可愛さを全面に押し出す。
そんなにノワールに誰もがメロメロになった。
結果的に、アルバートが望んだ以上の成果が上がっている。ノワールの味方がどんどん増えていた。
そもそも、黙っていても十分すぎるほど可愛いノワールは天性の人たらしだ。
それが意識的に愛想を良くしているのだから、落ちない人間がいるはずがない。
『人間はネコ様の下僕だから!!』
そう言い切って笑ったノワールを思い出した。
確かにと、心の中で納得する。
ノワールにお願いされたら、何でもするという顔をみんなしていた。
「あれ、作戦?」
こそっと寄ってきたロイドが耳打ちする。
一族みんなを籠絡しているノワールに苦笑いした。
「さあ?」
アルバートは首を傾げる。
「祖父と仲良くしろとは言ったけど、それ以上は何も言っていません。でも……」
その意図をノワールが読めないとは思わなかった。味方を作れという意味を理解しただろうし、それは祖父だけではなく、一族みんなと捉えたのかもしれない。
だが、今日ここに来ている人たちをみんな味方につけることが出来れば、今後はいろんな意味で楽になる。
それがわかっていて、祖父もノワールを自分の傍らに置いているのかもしれない。
「いろいろ考えるネコちゃんだな」
ロイドは笑った。
「あれは本当にネコなのか?」
真顔で問う。
「それ以外の、何に見えます?」
アルバートは逆に聞いた。
ロイドはじっと、ノワールを見つめる。
「……ネコだな。とびっきり可愛い」
考え込んだ末、答えた。
「ははは」
アルバートは笑う。
「ノワールがネコでも、それ以外の何かでも構わないんですよ。ノワールはノワールだから、それでいい」
嬉しそうに口の端を上げた。
「メロメロだな」
ロイドは笑う。
「知りませんでした?」
アルバートはロイドを見た。
「いや、知っているよ」
ロイドは頷く。
「ロイエンタール家の次期当主をこんなにメロメロにするなんて。ノワールは罪なネコだね」
前公爵にじゃれて、可愛いアピールをしているノワールを見る。ネコミミがぴくびく動き、色の違うオッドアイがきらきらしていた。
ともすれば人形のように冷たく見えてしまう美貌に、生き生きとした表情が輝きをプラスしている。
ネコの時のノワールはだいぶ気まぐれだが、人の形を取っている時はこっちが思っている以上に気遣いをしていた。
野生の勘なのか、ノワールは人の機微に敏感だ。相手の望みを察知するのが上手い。
「ノワールみたいなネコ、私も欲しかった」
ロイドは真顔で残念がる。
「先生には忠実な犬がいるじゃないですか」
アルバートは笑った。腹が減ったと料理を取りに行ったカールの背中を見る。
「犬じゃなくて、ネコを可愛がりたいんだよ」
ロイドは口を尖らした。不満を漏らす。
(犬という所は否定しないのか)
アルバートは心の中で笑った。
「犬もネコもどっちも可愛いですよ」
大人な台詞を吐く。
「それは知っている」
ロイドも頷いた。
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