閑話: 野生の勘





 ロイドは招待客の顔ぶれを面白そうに眺めた。

 見知った顔がちらほらある。有力貴族が多かった。


「さすがロイエンタール家だな」


 感嘆する。身内だけの集まりというにはずいぶんと豪華だ。

 隣にいるカールにはそれが何の意味かわからない。


「何の話だ?」


 小さく首を傾げた。


「こっちの話」


 ロイドは答えない。

 カールは派閥争いとは無縁のところにいる。このまま無縁でいて欲しかった。

 だがそんな暢気な気分は長くは続かない。ロイドは面倒な相手を発見してしまった。

 考えてみれば、彼がここにいるのは当たり前だろう。

 よく見知ったロイエンタール家の前当主の姿に、ロイドは眉をしかめた。


(げっ)


 心の中で呻く。

 当主を譲って引退しても、なお彼は凜としていた。精悍なその顔に、ロイドは複雑な表情を浮かべる。

 回れ右をして、逃げようとした。


 前公爵はとにかく食えない男だ。

 ロイドは何度も手のひらの上で踊らされる。

 はるかに年下のロイドなど、赤子の手を捻るようなものなのだろう。いいように転がされる。おかげで苦手意識を持っていた。


「ロイド」


 名前を呼ばれる。

 見つからないようにしたつもりだったのに、遅かった。こちらが見つける前に向こうがこちらを見つけていたらしい。

 ロイドは諦めて、振り返った。

 前公爵はまっすぐこちらに来る。

 ロイドは苦手だと思っているが、向こうはそう思っていない。むしろ、いいカモだと思われている気がした。ある意味、気に入られている。


「久しいな」


 楽しげな顔をされた。


「ご無沙汰しています」


 ロイドは挨拶する。もう逃げることはできなかった。彼は数少ない、ロイドが頭の上がらない人間だ。

 ずいぶんと久しぶりに会ったので、積もる話が溜まっていたらしい。全く解放してくれない。

 ちらちらと周りから向けられる視線がいろんな意味で痛かった。


(無駄に目立っているな)


 ロイドは内心、困る。こんな場所で目立ちたくなかった。自分たちはただの客人だ。一族が集まるこの場にはあまり相応しくない。


 この場でおそらく尤も偉い彼には他の客達も挨拶をしたがっていた。そのタイミングを誰もがちらちらと見計らっている。

 だが、なかなかチャンスがなかった。

 ロイドは話を止めたいが、前公爵がそれを許さない。


(困っているのを、楽しんでいるな)


 内心で、彼が楽しんでいるのはわかっていた。

 厳しい表情とは裏腹に、案外、ふざけた人なのだ。

 自分の隣にいるカールも暇を持て余している。

 自分達の話の内容はカールにはまったく理解出来ないものなのだろう。口を挟もうともしなかった。


 そこにノワールがとことことやって来る。


「にゃあ」


 一声鳴いて、カールの袖を引っ張った。


「ん?」


 カールはノワールに気付く。

 ちらりとロイドもノワールを見た。料理が山盛りに乗った皿を抱えている。

 ぐいぐいと片手で、掴んだカールの袖を引っ張っていた。


「向こうに行きたいのか?」


 カールは問う。


「にゃあ」


 ノワールは返事をした。

 ロイドの話が終わりそうに無いことをカールは確認する。


「いいよ。連れてってあげよう」


 そう言うと、カールはまずノワールの手から料理の皿を受け取った。それを片手で持ち、もう片方の手でノワールを抱き上げる。

 見た目よりずっとノワールが軽いことは知っていた。

 なんなく抱えて、壁際を目指す。

 並んでいる椅子の一つに、ノワールを座らせた。料理の皿を返して、自分の椅子を持ってくる。ノワールの隣に並べた。

 そこに座って、ノワールから皿を受け取る。

 そんな2人の行動を、話をしながらロイドはちらちら見ていた。

 どうしても気になる。


「ずいぶん気にしているな。あれが例の猫だろう?」


 前公爵に問われる。

 獣人ではなく猫と言ったところに、情報が正確に伝わっているのがわかった。


(まあ、当たり前か)


 アルバートたちの父である現公爵が父親に事実を隠す理由はない。


「どこまで、知っているのですか?」


 ロイドは尋ねた。


「そうだな。お前がこの屋敷に滞在する理由くらいまでは知っているよ」


 前公爵は答える。


「全部じゃないですか」


 ロイドは苦く笑った。

 当主を息子に譲っても、情報収集は欠かさないらしい。


「どんな感じだ?」


 ロイドに問う。

 ノワールのことを聞いた。

 ロイエンタール家にとって有益かどうか、そして孫達にとってはどうなのか、前公爵は尋ねる。


「気になるなら、自分で確認してはどうですか?」


 ロイドは提案した。自分も解放されるので、丁度いい。


「そうだな」


 意外なほどあっさりと、前公爵は頷いた。






 ノワールは最初、どう見ても彼を警戒していた。


(さすが野生の勘)


 ロイドは心の中で感心する。一目で、怖いと見抜いたらしい。戸惑っていた。

 どう対応するのが正解なのか、迷っている。

 そこにアルバートがやってきて、状況が変わった。

 アルバートを見て、ノワールは甘えて助けを求める。自分から手を伸ばして抱っこされた。

 その耳元に、アルバートは何かを囁く。


「にゃ?」


 ノワールは前公爵を振り返った。だがまだそこには警戒の色が見える。


「抱っこしてみますか?」


 アルバートは祖父に聞いた。

 頷いた彼にアルバートはノワールを渡す。

 ノワールは躊躇いながらという感じで前公爵に抱っこされた。そして、くんくんと匂いを嗅ぐ。

 見ている周りの方がぎょっとした。

 前公爵が怒り出すのでは無いかと思う。

 しかし、彼はノワールを優しくあやした。

 いつになく甘い顔をしている。


(珍しい)


 実の子や孫にさえ、そんな顔を見せたことは無いのではないかと思った。

 そんな前公爵に、ノワールも予想外の反応を見せる。


「な~お」


 甘えた声を出して、すりすりした。完全に気を許している。

 その姿は腹が立つくらい可愛かった。


(何、それ。羨ましい)


 ロイドは内心、焼きもちをやく。付き合いは自分の方が長いし、何かと世話を焼いたつもりだ。だがあんな風に甘えられたことはない。


(これが処世術だとしたら、たいしたものだ)


 ロイドは感心する。

 ノワールは前公爵を一発でメロメロにした。

 だが本人はその事に気付いていないっぽい。ただ甘えて、にゃあにゃあ鳴いていた。



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