9-9 パーティ 4




 休憩したい人用に、壁際には椅子が並んでいた。

 その一つに、カールはボクを座らせる。


「ちょっと持っていて」


 そう言って、料理が山盛りになった皿をボクに渡した。言われるままにボクは受け取る。

 カールは適度に離れた場所にある別の椅子を持って来た。ぴたっとボクが座る椅子の隣に置く。自分がそこに座った。ボクから皿を取り上げる。


「はい、どうぞ」


 そう言って、食べやすいように皿をボクの方に向けた。

 テーブル代わりに、皿を持っていてくれるらしい。


(おおっ。カール、使える。なんか紳士っぽい)


 心の中で感嘆した。


「にゃあ」


 ありがとうと礼を言うように一声鳴いて、ボクはフォークで料理を口に運ぶ。


(美味しい)


 ほとんど手を付けられていないのが勿体無いほど、料理は美味しく出来上がっていた。

 みんな社交に勤しんで料理に見向きもしないのが惜しいと思う。こんなに美味しいのだから、食べればいいのに。


「美味しいか?」


 目を瞠ったボクにカールが問うた。


「にゃあ」


 ボクは頷く。

 そして、カールにも食べさせてあげようと思った。


「にゃーん」


 口を開けと促す。


「ん?」


 だが、それは通じなかった。カールは小さく首を傾げる。


「にゃーん」


 ボクは口を開いて、自分の口とカールを交互に指差した。


「口を開けろって?」


 カールが意図に気づく。


「にゃあ」


 そう、とボクは鳴いた。耳も一緒にぴくぴく動くのが自分でもわかる。伝わったのが嬉しかった。


「あ~」


 カールは口を開ける。そこに自分が食べたのと同じ料理をフォークを使って入れた。食べさせてあげる。

 カールはふっと笑った。口をもぐもぐと動かす。


「美味しいな」


 喜んだ。


「にゃあにゃあ」


 そんなカールにボクは気を良くする。

 自分も食べながら、カールにも食べさせるというのを繰り返した。

 いろんなところから視線を感じるが、気にしない。

 いちいち気にしていたら、神経がすり減るだけだ。


「何、楽しそうなことしているの?」


 ロイドの拗ねた声が聞こえる。

 声の方を見た。こちらにやって来る。羨ましそうな顔をしていた。

 話が終わったのかと思ったら、違う。先ほどまで話していた相手も一緒にこちらにやって来た。

 その人と目が合う。

 じっと見つめられた。

 見透かされるような気がして、思わず目を逸らす。ちょっと怖いと感じた。

 彼はおじいさんと呼ぶのが相応しい年に見える。だが凛としていて、威厳がある。年老いているという感じではなかった。今日ここに居る人たちの中で、たぶん、一番偉い。野生の勘でボクはそれを感じ取っていた。

 ここにいる誰もが、彼を気にしている。ロイドでさえ、おじいさんには気を遣っているように見えた。

 動物は人間より上下関係に聡い。こういうボクの勘はよく当たる。


(誰なのだろう?)


 この場にいるのだから、ロイエンタール家の関係者なのは確かだ。顔立ちはアルバートにちょっと似ている。血縁関係があるのは間違いないだろう。

 そんなことを考えていたら、彼が口を開いた。


「その子が噂の猫か」


 おじいさんは獣人ではなく、ネコと言った。

 ボクはぎくっとする。

 恐る恐る、おじいさんを窺った。

 おじいさんはボクをじっと見つめている。

 ボクは警戒した。耳が毛羽立つ。


「ノワール。この人はロイエンタール前公爵だよ」


 ロイドが紹介した。

 つまり、アルバートやルーベルトのお祖父さんということになるらしい。

 偉い人だというのは間違っていなかった。


「……にゃあ」


 控え目に、ボクは鳴く。

 挨拶をするべきなのはわかったが、どうするのが正しいのかがわからなかった。

 相手が自分に好意があるのかどうかもよくわからない。

 おじいさんからは何も読み取れなかった。


「お祖父様。ノワールを苛めないでください」


 アルバートがやって来る。

 ボクのところにおじいさんが来るのを見て、追い掛けてきたようだ。


「まだ苛めていない」


 おじいさんは否定する。


(まだって何? 苛める気はあるってことなの?)


 ボクはどぎまぎした。

 得体が知れなくて、お祖父さんが怖い。


「にゃあ、にゃあ」


 助けを求めるように、アルバートに向かって手を広げた。

 そんなボクにアルバートはにやける。頼られて、嬉しいようだ。


「よしよし、ノワール。大丈夫だよ」


 ボクを抱っこする。

 ボクはひしっとアルバートに抱きついた。背中に視線を感じるが、怖くて振り向けない。


「大丈夫だ」


 アルバートの手がよしよしとボクの背中を何度も撫でた。


「ああ見えて、おじいさまは可愛いもの好きなんだよ。甘えて、胡麻をすっておいで」


 耳元にこっそりと囁かれた。


「にゃあ?」


 本当に? と、ボクは疑う。

 アルバートは頷いた。

 ボクはちらりと振り返る。

 おじいさんは難しい顔をしていた。とても可愛いもの好きには見えない。


「抱っこしてみますか?」


 アルバートはおじいさんに聞いた。

 ぴくっとボクの身体は震える。


(なんか、やだ)


 そう思うが、言える訳はなかった。


「ああ」


 おじいさんはあっさり頷く。


(断わらないのか)


 ボクは心の中でチッと舌打ちした。


 アルバートはボクをお祖父さんに渡す。

 ボクは渋々、手を広げたお祖父さんの腕の中に移動した。ネコの時なら無視するが、人型の時はいろいろ気を遣ってしまう。


(あっ)


 心の中でボクは声を上げた。アルバートと似た匂いが鼻先をくすぐる。


(嫌じゃない)


 そう思った。

 クンクンとおじいさんの首筋に顔を寄せて、匂いを嗅ぐ。

 おじいさんは見た目と違って、とても優しくボクを抱っこした。優しい手がボクの背中を撫でている。


(この人、好きかも)


 おずおずと首に腕を回して、抱きついてみた。


「な~お」


 顔を擦りつける。自然とそうしたくなった。胡麻をすろうと思った訳ではない。


「いい子だな」


 よしよしとおじいさんはあやしてくれる。


(好き、好き)


 頬にチュッとキスしたら、おじいさんはとても驚いた顔をした。


「よしよし」


 頭を撫でてくれる。

 怖い雰囲気はなくなっていた。


「可愛い子でしょう?」


 アルバートが自慢する。


「ああ。とてもいい子だ」


 おじいさんは優しく、でもきゅっと抱きしめてくれた。

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