9-8 パーティ 3





 社交というのは忍耐を鍛える苦行のようだ。

 アルバートに抱っこされ、偉い人たちへの挨拶に付き合ってそう思う。

 ボクはにゃあにゃあ鳴いていれば済むが、アルバートはそうはいかない。

 おじさん達は好き勝手なことを言っていた。遠回しすぎて何を言っているのかとてもわかり難いが、ようは要望だったり苦情だったりする。当主には直接言えないことをアルバートを通して伝えようとしていた。


(アルバートは伝書鳩じゃない)


 心の中で、ボクは文句を言う。

 そんなの自分で言えよと毒づいた。

 にゃあとしか鳴けないボクが人間の言葉を理解しているとは彼らは思っていないのかもしれない。他人(ボク)が居ることはまったく気にしなかった。

 もっとも、従者のボクはそもそも取り繕う必要のある対象では無いのかもしれない。

 獣人の珍しさに、ボクに注目するのは一時のことだ。周りの視線はボクに対して興味津々だが、目の前の彼らの興味はもう別の所に移っている。ボクに構うより、領地に関する苦情や要望を伝える方が大事だ。

 ボクにもそれは理解できる。それが領民のためであったら、なんていい領主なんだと賞賛しただろう。

 だが彼らの言い分は自分の事しか考えていない。そのくらい、自分でなんとかしろと言いたい内容だ。


(直接、当主に言えばいいのに)


 ボクは少し離れた所で、別の偉そうな人をもてなしている公爵を見た。彼はルーベルトを連れている。公爵とアルバートは二手に分かれて客の相手をしていた。当主と嫡男だから、そういうことが出来る。しかし庶子のルーベルトには一族をホストとしてもてなす資格がないようだ。だから、父と一緒に挨拶回りしている。そのルーベルトはちょっと硬い顔をしていた。


(誰も楽しそうではないこのパーティに何の意味があるのだろう?)


 そう思った。だがきっと、楽しむためにパーティを開いている訳ではない。一族の結束を強めるとか、社交シーズン前にいろいろ確認しておきたいとか、そういうとても仕事的なイベントなのだろう。


(飽きた)


 キツネとタヌキの化かし合いにうんざりした。

 お腹も空く。

 パーティは立食なので、どこかに料理があるはずだ。辺りを見回すと、部屋の隅の方に料理が並んだテーブルを見つける。


(食べたい)


 急激に空腹を覚えた。


「にゃあ、にゃあ」


 ボクはアルバートの腕の中で、騒ぐ。部屋の隅の方を指さした。そこには料理や菓子が並んだテーブルがある。

 食べたいと訴えた。


「お腹が空いたのかい?」


 アルバートに気持ちが伝わる。


「にゃあ」


 ボクは頷いた。

 アルバートは少し困った顔をする。


「まだ挨拶に行かないといけない人がいるんだけど……」


 思案した。


「……にゃあ」


 ダメかと、ボクはがっかりする。パーティのメインが料理ではなく、挨拶回りであることはボクだってわかっていた。我慢するしかないのかと、暗くなる。


「1人で、食べて待っているかい?」


 アルバートから予想外の言葉が返ってきた。

 別行動してもいいと許可が出る。

 正直、おじさんやおじいさんに愛想を振るのはもう疲れた。ボクはこくこくと何度も頷く。

 苦行から解放されるのが嬉しかった。

 そんな嬉々としたボクの様子に、アルバートは微笑む。


「じゃあ、向こうで料理を食べて待っておいで。挨拶が終わったら、迎えに行くから」


 床にボクを下ろし、頭をよしよしと撫でた。


「にゃあ」


 了解、とボクは返事をした。







 ボクはとことこと歩いて料理が並んだテーブルを目指した。

 途中、じろじろといろんな人に見られる。

 アルバートに連れられて挨拶に行った偉い人たちは、ボクに対する興味より重要なものがあった。だが、そういう人ばかりではない。

 獣人に興味があるだけの、物見遊山気分の客も少なくはなかった。そういう人たちの視線は常に感じている。

 気にしていたらきりがないので、全部スルーして料理に向かった。

 人の間を縫うようにひょいひょいと移動する。身軽なので、苦もなくテーブルにたどり着いた。皿を手にして、何を食べるか迷う。


(どれも美味しそう)


 いろいろあるので、ぱっと決められなかった。


「取りましょうか?」


 真剣に考えていたら、上の方から声が掛る。相手を見た。20歳前後くらいの青年がにこにこしていた。どうやら、料理に手が届かなくて困っていたように見えたらしい。


「にゃあ」


 ボクは返事をした。正直、手は借りなくても平気だ。だが、善意を断わるのもちょっと気が引ける。

 ここは素直に甘えた方が可愛いと判断した。

 欲しい料理を指さす。気を遣って、遠くの料理を選んだ。


「これ?」


 青年は小さく首を傾げて確認すると、カナッペを三つ、皿に取ってくれる。


「にゃあにゃあ」


 ありがとうと言うように鳴くと、青年が顔を赤くした。ボクにメロメロになる。どうやら、彼も下僕タイプらしい。

 そんなやりとりをちょっと離れて見ていた他の人もやってきた。料理を取ってあげると、いろんな人に言われる。

 あっという間に、ボクは男女問わず大人に囲まれた。

 小さなボクは人の中に埋もれる。


(鬱陶しい)


 圧を感じた。

 シャーッと威嚇したいところだが、今日は愛想良くすると決めている。

 威嚇するわけにはいかなかった。


(我慢、我慢)


 偉いおじさん達の勝手な主張に付き合うアルバートよりはずっとマシだと自分を宥める。

 威嚇する代わりに、逃げた。テーブルの下にするっと逃げ込む。


「え?」


 戸惑った声が聞こえた。


「にゃあ」


 反対側から顔を出し、こっちだよと一声鳴く。

 バイバイと手を振った。

 料理の皿を持って、安全地帯を探す。

 どっかの偉そうなおじいさんに捕まっているロイドの近くで、手持ちぶさたなカールを見つけた。


「にゃあ」


 カールの手を掴んで、一声鳴く。


「ん? どうした?」


 問いかけるカールに料理の皿を見せた。一緒に食べようと誘う。


「ああ、そうか。わかったよ」


 カールはにっこりと笑った。その場を離れるいい口実が出来たという顔をする。

 片手で料理の皿を受け取り、もう片手でボクを抱っこした。

 壁際の椅子が置いてある場所を目指す。

 ボクはカールと一緒に、料理を味わった。



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