16-3 勅命。
王の執務室は適度に広かった。
そこでボクとアルバートとランドールが並んで立つ。机を挟んで王と向かい合っていた。
ルーベルトは別室で待機している。同じロイエンタール家の子息でもアルバートとルーベルトの扱いには大きな差があった。ルーベルトは王と会うことが許されない。
ルーベルトだけ外されたことに、ボクは不快感を覚えていた。
(身分制度なんてくだらない)
心の中ではそう思うが、もちろん口には出さない。この世界の人には身分制度は絶対だ。それを崩すことは混乱を呼ぶことでしかない。それはボクも理解していた。くだらないと思いつつ、身分制度というものを受け入れるしかない。それに、基本的にボクは恩恵を受ける側の人間だ。
国王はじっとボクを見つめる。視線が痛かった。怖いので、目は合わせない。
「呼んだのは他でもない。実は獣人の国から最近の諸々のことについて話し合いたいと打診が来た」
国王は告げた。ボクは普通に戸惑う。
(なんでそんなことを話すの? そういうのは外交官とか外務大臣とかの仕事でしょ。ただのネコのボクには関係ありません)
心の中で毒づいた。目を逸らしていてもじっと見つめられているのは突き刺さる視線で感じる。嫌な予感しかしなかった。
「そこで、キミたちには獣人の国に行って貰う」
国王は勝手に話を進める。獣人の国で話し合ってこいと命じた。最初からこちらの同意なんて求めていない。決定事項として告げられた。
「陛下。その”キミたち”の中には誰が入るんですか?」
ランドールは静かに問う。突然の命令に動揺するかと思ったのに、意外なほど落ち着いていた。
(もしかして、こういう無茶ぶりは日常茶飯事なのだろうか?)
心配になる。王族も大変だと同情した。こっそりとランドールの横顔を覗き込む。
ランドールは真っ直ぐ、国王を見ていた。
(なんかカッコイイ)
初めて、ランドールを賞賛する。
「お前とロイエンタール家の令息とそこのネコ。後は何人か役に立ちそうなのを連れて行け」
国王は簡単に言った。さらっとした口調だが、それは正式な命令のようだ。
(いやいや、ダメでしょ。国の外交よ。もっとちゃんと人選して……)
心の中でボクは文句を言う。それを口に出せないのが辛い。相手は国王だ。下手なことを言うとこちらが処罰される。
「……わかりました」
少し間が開いた後、ランドールは引き受けた。
(そんなにあっさり受けちゃうの?)
ボクは少なからず動揺する。
信じられないという顔でランドールを見た。そんなボクをランドールはちらりと見る。
にこっと笑った。
王子様だけあって、その笑顔はキラキラしている。
思わず、絆されそうになった。だが、そんなので流される訳にはいかない。しかし、ランドールが了承したのにダメだとも言えなかった。
身分制度の壁をボクはひしひしと感じる。ボクだけではなくアルバートにも、この場で王と王子の2人の会話に口を挟む権利はなかった。
(もやもやする)
ボクは胸の辺りの服を掴む。
(息が詰まりそう)
苦々しい気持ちになった。
ランドールが了承したので、ボクたちは早々に執務室を追い出された。もう用事はないとばかりに、退室を促される。
ルーベルトが待っているはずの部屋にボクたちは向かった。ひとまず合流する。
ルーベルトはボクたちを見て安堵を顔に浮かべた。
「何もなくて良かった」
そんなことを言う。
「にゃにかある可能性があったの?」
ボクは逆に聞いた。
「……」
ルーベルトは黙って、ランドールを見る。
「気にしなくていい」
ランドールは苦く笑った。
「陛下はその……。ああ見えて、気性が激しい人だと昔から有名だ」
ルーベルトは答える。
(つまりは暴君ってことか)
ボクは理解した。国王は好々爺然としていたが、中身は違うらしい。
「だからにゃにも言わずに引き受けたの?」
ランドールに問うた。
「父がああいう言い方をするときはすでに決定事項なんだ。逆らったら余計に面倒なことになるだけで、誰も得しない」
ランドールは首を横に振る。
そこには親子の情なんてものは見えなかった。国王と王子の関係はなかなか複雑なのかもしれないと気づく。
「だからって、子供だけで行かせるなんて正気じゃないにゃ」
ボクはむっと口を尖らした。
「その件に関しては私も同意見ですが、どうするつもりですか?」
アルバートがランドールに尋ねる。
「もちろん、保護者は必要だ。実務的にも護衛としても」
ランドールが誰のことを思い浮かべたのかなんとなくわかった。
「引き受けてくれるかにゃ?」
ボクは疑問をていする。
「……たぶん」
ランドールは曖昧に笑った。そこにはだいぶ自分の希望が入っている気がする。そしてボクもそれしかないとは思った。
にゃんダフルな人生を!! みらい さつき @miraisatuki
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