3-5 靴屋


 抱っこされて街を進むと、あちこちから視線を感じた。最初はまたアルバートとルーベルトが女性の視線を集めているのだと思う。しかし違った。見られているのはボクらしい。

 獣人は相当珍しいようだ。ちらちら見るのはまだ可愛い方で、ぶしつけなほどじっと見つめられる。


(本当はただの猫なんだけどな)


 後ろめたい気分になった。ボクはたまたま普通よりちょっと魔法が使えるだけの使い魔だ。しかしそれを説明する気はないし、許されもしないだろう。


「お母さん、お耳がついているよ」


 そんな子供の声が耳に入った。見ると、すれ違った女の子がじっとこちらを見ている。視線は頭の上の猫耳に釘付けだ。


「駄目よ」


 母親が諫める。

 獣人はたいていの場合、貴族の従者だ。貴族の持ち物に平民が手を触れるのは許されない。関わりにならないのが一番であることを彼女は知っていた。

 だが、子供の好奇心はそんなことではおさまらない。


「でも……」


 小さな指が猫耳を指さす。


「にゃあ」


 サービスで、一声鳴いてあげた。大人だったら無視するが、純真な子供をスルーするのは忍びない。可愛らしく鳴いて見せる。


「!!」


 子供は目を輝かせた。


「猫さんだ」


 嬉しそうに笑う。


(そうです。猫です)


 そう思いつつ、にこっと笑い返した。

 女の子は顔を赤くして照れる。

 ノワールの見た目は人形みたいな美少年だ。


(こんなに小さくても女の子は女の子なんだな)


 そんなことを考えていると、アルバートの手に頭を押さえられた。


「少し隠れていろ」


 囁かれる。

 頭を引っ込めて、身体を丸めた。

 アルバートは隠すようにボクを抱え込む。


「次に街に来るときはフード付きの服にしよう」


 そう呟くのが聞こえた。うんざりするほど目立っているらしい。確かに、纏わり付いてくる視線はちょっとうざかった。

 そしてその視線はいいものだけではない。嫌な感じもあった。

 学園と違って、ここには柄の良くない連中もいる。

 逃げるようにアルバートは靴屋に入った。

 返り討ちにするのは容易いが、制服姿で目立つ行動は控えたい。

 靴屋はボクがイメージする前世の靴屋とはだいぶ違った。

 見本がいくつか置いてあるだけで、商品の靴は並んでいない。ここはオーダーメイドのみの店のようだ。


(こんな高そうな店にスリッパがあるわけない)


 そう思う。もっと庶民的な店に連れて行って欲しいが、アルバートとルーベルトには無理な相談だろう。そもそも、ボクのイメージする既製品の靴が並ぶ靴屋はこの世界には存在しないのかもしれない。


(高級かそうでないかの違いくらいで、既製品なんてなさそう)


 自分の靴も靴屋がやってきてオーダーメイドで作ってくれたことを思い出した。その際、足のサイズは実寸で取っていた。統一したサイズがある感じはない。


(一度作った靴を、修理しつつ大事に履いていくって感じなんだよね)


 そんなことを考えていると、店主が寄ってくる。


「いらっしゃいませ」


 愛想笑いを浮かべた。その後ろに、無愛想な職人っぽい人がいる。

 こちらを見て、目を丸くしていた。猫耳に驚いている。


「靴が欲しい」


 アルバートは告げた。靴屋なのだから当然の言葉だが、それ以外にかける言葉がない。


「どのような靴ですか?」


 店主は聞いた。

 アルバートはボクを見る。

 ボクは降ろして貰って、自分の足で立った。店主を見上げる。


「あのね……」


 スリッパの形状を伝えた。踵がなくて足先も開いていると説明する。そういう形の靴はないのか聞いた。

 しかし、そういう靴に心当たりはないと言われる。


「作ることは出来る?」


 ボクの質問に、店主は少し考え込んだ。職人を振り返る。

 職人は小さく頷いた。


「絵に描いてもらえますか?」


 店主は聞く。


「いいよ」


 ボクは頷いて、紙と筆記用具を貰った。絵心はたいしてないが、スリッパくらいなら描けるだろう。絵の横に説明を細々と入れる。

 店主はその絵をじっと見た。


「こういう形の靴は初めてです」


 そう呟く。

 職人にもその絵を見せた。


「これは本当に靴ですか?」


 黙っていた職人が口を開く。意外に渋い声だった。


「靴っていうか、スリッパ」


 ボクは苦笑する。

 靴を脱いだ後に代わりに履く簡易的な履き物だと説明した。


「なるほど。それで材質は?」


 とりあえずは納得し、職人は話を先に進める。当然の質問をした。


「材質……」


 ボクは考え込む。上の部分は布だろう。だが、底の部分は何で出来ているのかわからない。スリッパの材質なんて、気にして事がなかった。ポリエステルとかそういう石油系の何かだとは思う。しかしそんな化学物質がこちらの世界にあるとは思えなかった。

 代用できそうなものはなんだろうと考えて、飾ってある靴を見る。

 底はゴムっぽく見えた。


「……底はあの靴みたいなゴムで。上のこの部分は布で」


 絵を指さしながら、説明する。

 職人はわかっているのかわかっていないのか微妙な顔をした。

 店主の方は初めから理解するのを諦めている顔をする。


(たぶん、思っているのとは違うスリッパが出来上がってくるんだろうな)


 多少の事は妥協しようと決めた。この際、靴をぬいで履き替えるのが簡単という一点さえクリアしていれば構わない。スリッパが欲しいのではなく、土足厳禁生活を送りたいだけだ。優先順位はちゃんとしたスリッパを作ることではない。簡単に履けて蒸れなければそれでいいのだ。


「簡単だから、作ろうと思えば直ぐに出来上がると思う。待っているなら、今、この場で作るが、どうする?」


 職人はボクに聞いた。

 店主はアルバートを見る。

 アルバートは迷った。ルーベルトの買い物に付き合う約束をしている。ここで費やす時間はなかった。


「ねえ」


 アルバートの服を掴んで、ボクは引っ張る。


「ボクはここで作るのを見ながら待っているから、アルバートはルーベルトと買い物をしてきていいよ。ボクがいたら目立って、買い物できないでしょう?」


 さっきの街の様子を考えると、自分はいない方がいいと思った。

 それはアルバートも同意見らしい。

 ボクを連れて出歩くのは避けたいようだ。


「無理に今日、買い物しなくても大丈夫だよ」


 ルーベルトはそう言う。

 だが改めて出直すとしても、次に街に来られるのは二週間後とかになる。学園が始まれば、外出は申請して許可を取る必要があった。

 どう考えても、今、買い物した方がいい。

 ルーベルトの気遣いを断わり、今から買い物に行こうとアルバートは決めた。


「しかし、ノワールを置いていくのはそれはそれで不安だ」


 アルバートの手がボクの頭を撫でる。心配な顔をした。


「大丈夫。店から出ないから」


 ボクは約束する。

 それに、多少なら魔法を使えた。破落戸を倒すくらいは出来るはずだ。むしろ、殺さないように手加減するのが難しいだろう。やるとしたら、相手の命を奪うくらいの手段は取るつもりだ。自分を狙う相手にかける情けは持ち合わせていない。


「それに、目の前で作ってくれるなら途中で口を挟める」


 間違っているところはその場で指摘するのが一番だ。自分が欲しいものをより具体的に伝えられる。店に残るメリットは大きかった。


「この子をここに残して、大丈夫か?」


 アルバートは店主に尋ねる。

 店主はボクを見た。


「お連れ様は獣人ですね。とても珍しく、可愛らしい。確かにこれでは目をつける輩も多いでしょう。店に入れぬよう、鍵をかけておくことにしましょうか?」


 アルバートに提案する。


「ああ、そうだな。頼む」


 アルバートはその提案に乗った。

 ルーベルトと2人、買い物に出かけるために店を出ていく。店主は直ぐにドアに鍵を掛けた。

 残ったボクは店でスリッパ作りを見学する。

 簡単だと言った通り、作業は単純だ。口を挟む必要はない。絵の通りのものが出来上がった。それはボクが知っているスリッパにかなり近い。


「履いてもいい?」


 出来たばかりのそれを手に持って、職人に聞いた。


「どうぞ」


 店主が答える。

 ボクは履いて、何歩か歩いた。思ったより底のゴムが厚い。重さを感じた。


「この底のゴム、もっと薄く出来ない?」


 職人に聞いた。


「出来るが、それだと耐久性が下がる」


 直ぐに壊れること心配する。足にも負担が掛るようだ。


「大丈夫。これを履くのは室内だから」


 ボクは説明した。

 外を歩くわけではない。ゴム底がすり減る心配は必要なかった。


「何のためにそんなものがいるんだ?」


 職人は不思議な顔をする。


「家の中を、外を歩いてきた泥靴で歩き回られるのが嫌だから」


 ボクは答えた。土足禁止を説明するより、この言い方の方がわかりやすいだろう。

 職人はぴんと来なかったようだが、店主の方は妙に納得していた。


「それは面白いですね」


 そんなことを言う。


「この靴、沢山作って売ってもいいですか?」


 問われた。


「マージンを取るけど、それでいいなら」


 にこっと笑う。タダで知識を渡すのは危険を感じた。


「しっかりしていますね。お金には困っていないでしょう?」


 アルバートとルーベルトを見て、そう思ったのだろう。


「お金持ちなのはアルバートとルーベルトだけ。ボクではない」


 ボクは首を横に振った。


「わかりました。では、割合を決めましょう」


 店主はにっこりと笑う。


「それはアルバートとルーベルトが戻ってきてからにします」


 ボクも微笑み返した。




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