3-4 王都の街


 朝、息苦しさを感じて目を覚ました。アルバートに抱き込まれている。

 ベッドは十分に広いのに、アルバートは抱っこして眠るのが好きなようだ。抱き枕みたいに、抱きしめられるのはわりとよくある。


(愛が重い)


 アルバートの腕の中から逃げ出そうともがいた。

 だがそれはアルバートを起こすだけだった。逆に強く抱き込まれて、額とか頬とかにチュッチュッとキスされる。


(はいはい)


 抗うのも面倒になって、好きにさせた。アルバートはイケメンなので楽しくないわけではない。だがたまにならともかくほぼ毎日これだと、さすがにうざい。

 こういう重いアルバートの愛をさらりと受け流すルーベルトはすごいと改めて思った。何においても勝てる気がしない。


「ノワール、おはよう」


 チュッと楽しげにアルバートはキスする。


「今日も可愛いね」


 微笑んだ。


(知っている~)


 心の中で応える。可愛い顔をしていることは自覚していた。たまに、鏡を見てうっとりしてしまう。成長するのが楽しみだ。かなりの美青年になることが自分の中では決まっている。

 そんなことを考えながらアルバートが離れてくれるのを待っているが、一向に離してくれる気配がない。


「しつこい」


 あむっとアルバートに噛みついた。学習能力はあるので、歯形が残らないよう甘噛みする。跡を残したらルーベルトに叱られるからだ。

 確かに、歯形がついているのは外聞が良くないだろう。

 だが反抗しないと、アルバートは止まらない。


「はいはい。ごめんね」


 全く悪いと思っていない顔で言われた。あっさりと引く。

 アルバートはベッドを降りて、着替え始めた。

 貴族というのは一人で服を着ないものだと、勝手にわたしは思っていたが違ったらしい。学園には使用人の同行は基本的に許可されていなかった。一人で着替えが出来る制服が用意されてある。

 生徒は基本的にその制服を着用した。ただし、休日はその限りではない。

 授業は明日からなので、実は今日は制服を着る必要がなかった。だが、学園では外出時は制服を着用という規則がある。学園の制服には特殊な魔法がかけてあって、着用する人間を守る。トラブルに巻き込まれた時のための対策が施されてあった。

 生徒はみんなそれを知っている。規則は外出時に生徒を守るために設けられていた。理にかなっているのでみんな守る。

 ちなみに、従者には制服はなかった。厳密には学園の生徒ではないので、そういうところで区別されている。ボクの為にはアルバートが制服もどきを作ってくれた。

 ボクもその制服もどきに袖を通す。

 今日は昨日約束した靴屋に行くために街に出る予定だ。

 一人で着替えていると、先に着替えを終えたアルバートがじっとこちらを見ていた。


(えっち)


 心の中で毒づく。口に出して言ったら喜ばれそうなので、心の中だけにしておいた。

 二人とも着替えを終えると、リビングに行く。

 そこではすでに着替えを終えたルーベルトがソファで寛いでいた。


「おはよう」


 アルバートとボクを見て、挨拶する。


「おはよう」


 応えたアルバートはソファに寄っていった。

 後ろから回り込み、ルーベルトの頬に挨拶のキスをする。

 ハグやキスは二人にとって日常的な挨拶だ。だがイケメン同士のいちゃいちゃは見ているこっちがなんだか恥ずかしい。

 そしてその恥ずかしいことをルーベルトはボクにも強要する。

 意味深な眼差しがこちらを見た。


(ワカッテイマスヨー)


 心の中で冷めた返事をして、ルーベルトに近づく。


「おはよう」


 ソファに方膝をついて伸び上がった。ルーベルトの頬にキスをする。


「おはよう」


 ルーベルトは満足そうに微笑みながら、ボクの身体を持ち上げた。膝の上に座らされる。そのままぎゅっと抱きしめられた。


(ああ。アルバートほどではないけど、ルーベルトもなかなかだった)


 この兄弟は意外と似たもの同士だ。

 アルバートは重度のブラコンだが、ルーベルトもブラコンであることは否めない。

 お互いの事が大好き過ぎる。

 そんな重い朝の挨拶をかわしていると、ドアがノックされた。

 朝食がワゴンで運ばれてくる。

 驚いたことに、この寮では食事をルームサービスしてくれる。

 もちろん、全ての生徒がそれを利用する訳ではない。一部の生徒だけだ。

 朝食と夕食は部屋で取ることが出来るようになっていて、昼食だけは自分で食堂に足を運んで食べる。

 1学年30人ほど。全校生徒を合わせても100人も満たないから出来る事かもしれない。

 従者であるボクの分も、ちゃんと一人前届いていた。

 公爵家の食事がそれなりにお高いレストランの味だとすれば、寮の食事はファミリーレストランの味だ。これはこれで嫌いではない。

 たくさん食べても太らない事に気づいたので、朝食を遠慮なく平らげた。


「その小さな身体のどこにそんなに入るんだろうね」


 ルーベルトは不思議そうにボクを見る。

 大人と同じ量を食べるのは、子供としては食べ過ぎだ。だが正直に言うと、食べようと思えばもっと食べられる。転生して、大食いの人の気持ちが理解できるようになるとは自分でも思わなかった。


「わかんない」


 ボクは答える。だが、食べると直ぐにそれがエネルギーに変換されるのは感じる。身体にとって必要なのは確かなようだ。


「ひと休みしたら、出かけようか」


 アルバートはルーベルトに言う。


「そうだね。ついでに私も買いたい物があるから、靴屋の用事が終わったら付き合って」


 ルーベルトは頼む。

 街に出るついでにあちこち店を覗きたいようだ。


「ああ、もちろん」


 アルバートはにこにこ笑う。ルーベルトにお願いされたのが嬉しかったようだった。






 学園からは馬車に乗って出た。

 門のところにいた騎士は昨日とは違う。交代制らしい。

 がだがた馬車に揺られながら、ボクは窓から外を見る。昨日はまったく街を通らなかったので、王都を見るのは初めてだ。……というか、ちゃんと街を見るのはこちらに生れてから初めてかもしれない。服を買った時は店に行くのではなく、店の方が服を持ってやってきた。デパートの外商を利用するセレブっぽいなと思ったが、実際にセレブなのだろう。

 初めての街にボクのテンションはちょっと上がっていた。

 意外と人が多い。平日の新宿とか渋谷の駅みたいだ。休日ほど混んではいないが、常に人はいる。


「そんなに身を乗り出すと、危ないぞ」


 アルバートは窓にひっつくボクを引きはがした。自分の膝の上に戻す。

 お膝抱っこはもうマストなので、抵抗も何も感じない。普通に馬車に座るよりは乗り心地がいいので、むしろウェルカムだ。

 賑わう通りの近くで、僕たちは馬車を降りる。ここから先は歩いて行くようだ。

 あたこち見ながら自分の足で街を歩くのを楽しみにしていたら、いつも通りに抱き上げられた。ボクの歩くスピードに合わせるより、抱っこした方が早いという気持ちはわかる。わかるがたまには歩きたい。

 運動不足になるのではないかと、心密かに心配していた。

 不満な顔をするが、アルバートにはまったく伝わらない。

 ルーベルトは気づいていそうだが、面白がっているだけだ。膨らませた頬を指で突いてくる。

 口をへの字に曲げて睨むが、ルーベルトは全く気にしなかった。






 






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