3-3 寮の部屋


 事務室のある建物と寮は別だ。一旦外に出て、アルバートは迷いなく進む。まるで地図を覚えているようだ。初めて行くはずの場所なのに、知っているように見える。

 ちなみにボクは抱っこされたままだ。子供の歩くスピードに合わせるより、抱っこして連れて行った方が早い。

 そんなボクたちはやたら目立って、どこにいても視線が集まった。


(アルバートとルーベルトがイケメンだからか、獣人が珍しいのか)


 どちらだろうと考えたが、たぶんどちらもなのだろう。

 遠巻きに眺める人々の視線はどちらかと言えば好意的なようだ。


「なんで迷わないの?」


 不思議に思って聞く。アルバートは案内図みたいなものを見ていない。


「アルバートは地図とか覚えるのが得意なんだよ。一度見ただけで記憶する」


 ルーベルトが答えた。


(そんな特技があるのか。仕事が出来るイケメン、悪くないね)


 ほくほくする。

 そんな話をしている間に寮に着いた。わかっていたが、土足でずかずかと建物の中に入っていく。


(ううーん)


 心の中で唸る。

 土足がどうしても気になった。

 ロイエンタール家でも土足だったのは同じだ。だが屋敷ではあまり外は歩かないし、アルバートは剣の訓練の時は靴を履き替えていた。運動靴みたいなものがこちらにもある。外を歩き回った靴で部屋の中に入ることは少なかった。

 だがこれからは毎日、外と部屋の中を往復する。建物はそれぞれが独立しているので、どこに行くにも一旦、外に出なければならなかった。


(耐えられない)


 潔癖症ではないつもりだが、土足は許容範囲外だ。ストレスを感じる。


(こんな生活、2年も3年も無理)


 精神的安定のために、アルバートに土足厳禁を提案しようと改めて決意した。


 寮はホテルみたいな造りだった。エントランスがロビーみたいになっている。真ん中に階段があって、それが途中から左右に分かれていた。右側が男子寮で左側が女子寮らしい。当然、アルバートは右に進む。

 エントランスには寮生らしい人が何人かいた。じっとこちらを見ていて、目が合う。


(あっ)


 あまりにばっちり合ってしまって、気まずかった。

 無視も出来ないので、小さく手を振る。今後も会うなら、仲良くしておいた方がいいだろう。


「きゃあ~っ」


 歓声が上がって、びっくりした。

 その場にいた女の子が2人、黄色い声を上げる。


(ええっ? 何??)


 思わず固まった。

 アルバートは女の子達を見る。


「何をした?」


 問われた。


「目が合ったから、手を振った」


 正直に答える。


「気安く愛嬌を振りまくな」


 困った顔で叱られた。じろりとアルバートは声を上げた女の子達を睨む。女の子達は慌てて、口を閉じた。


「獣人はただでさえ目立つ。大人しくしていろ」


 注意は尤もだと思ったので、素直に頷く。

 そんなボクとアルバートを見て、ルーベルトは笑っていた。


「アルバートの場合は、半分、焼き餅だろ」


 からかう。


「可愛いノワールを自慢したいけど、見せるのは勿体ないなんて矛盾しているね」


 そんなことを囁いた。

 学園に来るまでの二週間の間に、ボクの着替えはかなり増えている。服はアルバートやルーベルトのお下がりで構わないと思っていた。2人の子供服は丁寧に保管されている。だが、アルバートはボクのために服をたくさん新調した。どれも可愛い服だ。リボンやレースがついている。ロリ服の男の子版って言えばわかりやすいかもしれない。嫌いじゃないので着せられるままに袖を通したら、試着したほとんどをアルバートは買ってしまった。

 無駄遣いが過ぎると心配したが、女の子のドレスに比べたら、ずっと安いらしい。相対的に生地の面積が少ないことが安い理由のようだ。

 そんなわけで、今のボクはかなり可愛らしい格好をしている。ブラウスにも短パンもレースがあしらってあった。白いタイツを穿いているが、そもそも色白で全体的に色素が薄いので、ほとんど人形のように見える。


(目立つのもあたりまえか)


 視線を集める理由に納得した。


「着いたぞ」


 3階の一番奥まで進み、アルバートは足を止めた。

 ルーベルトが鍵を開ける。ドアを開いた。


「広い」


 思わず、呟く。

 寮という言葉からイメージするより部屋はずっと広かった。真ん中がリビングになっていて、机が二つ置いてある。日本の勉強机みたいなやつではなく、ちゃんとしたデスクだ。その左右に扉があり、その奥が寝室になっているらしい。リビング部分にはもう一つ簡素なドアがあって、トイレや洗面所、バスがついているようだ。


(寮なのにそれぞれの部屋にバスとトイレ付きって、ほとんどホテル)


 さすが貴族の子弟が集まるエリート校だと思った。

 あえて寮っぽい部分をあげるとすれば、キッチンがないことだろう。それ以外は日本なら家族向けのマンションとして十分に通用する。

 2人部屋と言っていたが、ほぼ個室と同じだ。


「いや、狭いだろう。書斎は別に欲しかった」


 アルバートは不満な顔をした。リビングに二つ並ぶように置かれた机を見て、不満な顔をする。もう一部屋、書斎が必要だと唸った。


(お坊ちゃんめっ)


 心の中で毒づく。そんな贅沢、寮に求める方がどうかしているだろう。


「そう? 一緒に過ごす時間が増えそうで、私は嬉しいよ」


 ルーベルトはのほほんと笑った。勉強する場所と寛ぐ場所が一緒だから、リビングにいる時間は長くなるだろう。

 さりげなくアルバートを宥めた。


「それもそうか」


 アルバートは納得する。


(ルーベルトはアルバートの扱いが上手いな)


 感心した。ルーベルトを見ると、意味深にウィンクされる。本人にも扱いが上手い自覚はあるようだ。


(やはり、この人が最強)


 心の中に、ルーベルトにケンカを売ってはいけないと書き込んでおく。

 部屋に着くと、アルバートはボクを降ろしてくれた。ようやく、自分の足で立つ。

 入り口のマットで、靴の汚れを落とした。


「あのね」


 つんつんとアルバートの服を掴んで、引っ張る。


「どうした?」


 アルバートはボクを見た。


「部屋、土足禁止にしたい」


 ボクは提案する。


「ドソク?」


 アルバートは首を傾げた。耳慣れない言葉に不思議そうな顔をする。

 常に靴を履いている彼らに土足という概念はない。外と家の中で靴をわけないたりしないからだ。


「外を歩いてきた靴で、部屋の中を歩き回るのは嫌なの。外で履いた靴はここで脱いで、部屋の中ではスリッパとかにして欲しい」


 マットを足で踏み踏みして、お願いする。可愛らしく目をうるうるさせて頼むが、アルバートもルーベルトも難しい顔をしていた。


(そんなに難しいこと、頼んでいます?)


 困惑していると、ルーベルトがこちらを見る。


「スリッパってなんだい?」


 問われた。


「えっ……」


 ボクは言葉に詰まる。


「スリッパ、ないの?」


 問い返した。


「申し訳ないけど、何のことを言っているのかわからない」


 ルーベルトは首を横に振る。

 ボクはスリッパについて説明した。かかとがない靴で、靴より簡単に脱いだり履いたりできるものだと説明する。


「そんなの、見たことないな」


 アルバートもルーベルトも首を傾げた。


(土足厳禁生活、まさかの前途多難)


 予想もしないところで、躓いた。


「靴屋に行ったら、作ってもらえる?」


 諦め悪く、聞く。土足生活は本気で回避したい。


「それは、まあ……」


 アルバートとルーベルトは顔を見合わせた。


「そんなにスリッパというものが欲しいのか?」


 アルバートは問う。


「すごく欲しい!!」


 強く頷いた。


「外を歩いてきた靴で部屋の中を歩き回るのが信じられない。靴を履いたままの生活はもう嫌」


 切々と訴える。


「……」

「……」


 アルバートとルーベルトは黙り込んだ。靴を履いたままの生活が普通の彼らに、この気持ちは理解しがたいのだろう。

 だが、ボクも妥協したくない。日本人的に、土足は無理だ。


「よくわからないが、ノワールがいろいろ我慢していたことは伝わった」


 アルバートの手が優しく頬を撫でてくれる。


「明日、靴屋に行こう」


 そう約束してくれた。




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