3-2 特別扱い

 アルバートが向かっていたのは事務室のような場所だった。正面の建物に入って直ぐ右手の部屋に事務仕事をしている人たちがいる。アルバートとルーベルトは玄関を入って真っ直ぐにそこに向かった。

 玄関で靴を履き替える……なんていうことはしない。

 この世界は土足だ。マットレスで大まかに靴の汚れを落として建物の中に入るのだが、どうにもそれになれることが出来なかった。


(靴、履き替えて欲しい。スリッパとか履いて欲しい)


 イライラしても仕方ないとわかっていても、もやっとしてしまう。土足文化が理解できない。どうして、外の泥汚れとかを家の中に持ち込んで、平気なのだろう。靴を脱げば解決する問題を放置する理由がわからなかった。


(うん、決めた。寮の部屋は土足禁止をアルバートに提案しよう)


 心密かに、決意する。

 そんなことを考えている間に、事務室に着いた。手続きのため、アルバートが事務員に声を掛ける。

 手続きと言っても、アルバートとルーベルトはただ名前を告げるだけだ。あとは事務員が必要な書類を揃え、処理する。


「ロイエンタール家のアルバート様とルーベルト様ですね」


 穏やかな声で事務員が確認した。


「寮は二人部屋になっています。片方の部屋をアルバート様が。もう片方の部屋をルーベルト様が使用するという申請を受けていますが、間違いがないですか? お一人ずつ、別の部屋を使用することも可能ですが……」


 二人部屋を一人で使ってもいいですよと、事務員がすすめる。四大公爵家の令息にはナチュラルに特別扱いが適用されるようだ。


「いや、一緒で構わない」


 その気遣いをアルバートは断わる。


(というか、アルバートはルーベルトと一緒がいいんだよね)


 心の中で突っ込んで、ルーベルトを見る。ルーベルトはずっと黙っていた。対外的に、嫡男はアルバートだ。同じ息子でも、アルバートとルーベルトでは身分に差があるのだろう。たいていの人間は、アルバートにだけ声をかけた。ルーベルトに意見を求める人はほぼいない。外に出ると、ルーベルトは常に一歩引く。決して、アルバートの前に出ることはなかった。そしてそんなルーベルトを庇うかのように、アルバートは全て自分が矢面に立つ。


(兄弟仲は良いのに、その仲良くするのが許されないような雰囲気がとても嫌)


 無意識に、むーっと顔をしかめていたようだ。こちらを見たルーベルトが、そんな顔をするなと言いたげに小さく笑う。抱っこされているボクの頬をつんつんと指で突いた。


「ところで、そちらにいる従者の方ですが……」


 事務員の視線がアルバートに抱っこされているボクに向けられる。


「まだお小さいように見受けられますが、授業を共に受けられるというのは間違いありませんか?」


 確認した。言い方は丁寧だが、子供なのに授業を理解できるのかと言いたいのがわかる。学園の授業はだいぶ専門的らしい。子供がついていける内容ではないのだろう。


「間違いない」


 アルバートは全く気にしなかった。他人の意見で自分の考えを変える必要がない環境で育ったからか、遠回しな物言いに気づいていないのか、全くぶれない。


「ノワールは賢い」


 自慢気にそう言うと、頬を撫でられた。


(前者だった)


 心の中で呟きつつ、目を細める。


「にゃあ」


 意識して、可愛らしく鳴いた。うるうるした目で事務員を見る。

 事務員ははっとしたように胸を押さえた。きゅん死しそうになっている。


(どうよ。可愛かろう)


 心の中でふふんと鼻を鳴らした。自分の可愛さは自分がよく知っている。毎日、鏡を見る度に可愛い自分に萌えた。白い猫耳も見慣れると、ぴくぴく動くのが愛らしい。


「可愛らしいですね」


 思わず、事務員の口から感嘆が漏れた。

 ボクを褒められるのが大好きなアルバートは機嫌が良くなる。


「少しなら触っても構わない」


 寛大なことを言った。


「では、お言葉に甘えて」


 事務員は手を伸ばす。頭を撫で、そっと頬に触れた。


「にゃあ」


 可愛らしく、ボクは愛想を振る。学園生活を送るなら、事務員とは仲良くしておいた方がいいだろう。何かと便宜をはかってくれるかもしれない。

 下心満々で、にっこり笑った。

 その笑顔に事務員が打ち抜かれている。

 気づいたら、机で別の仕事をしている他の事務員たちもこちらを見ていた。一様に顔を赤くしている。


(美少年パワー、絶大)


 そんなことを考えて、笑いをかみ殺した。


「ところで、従者の部屋についてですが。基本的に、主と同室になります。部屋に従者用のベッドなどを運び込む事も出来ますが、どうしますか?」


 事務員はアルバートに聞く。

 アルバートはボクを見た。

 ボクもアルバートを見る。


「ノワールはまだ小さい。ベッドは不要だ。私のベッドに寝かせるので問題ない」


 アルバートは断わる。

 実際、この姿になってからボクの寝床はアルバートのベッドだ。ずっと一緒に寝ている。抱っこされたまま寝ることにも、最近、違和感がなくなっていた。


(イケメンに抱きしめられて眠るなんて、すごく贅沢)


 前世の自分なら大喜びだ。今回の自分はオスで良かったとも思う。さすがにメスだったら、一緒のベッドは不味いだろう。アルバートが幼女趣味だと疑われそうだ。


(まあ、ノワールは半端ない美少年だから、オスでもショタコンと疑われてはいそうだけど)


 それに関しては、まあいいかと流す。アルバートの溺愛っぷりを見れば、否定も出来ない。


「わかりました」


 事務員は頷いた。


「では、部屋の鍵はこちらになります。部屋は3階の角部屋です。他の部屋よりは広い造りになっていますが、何か不都合がありましたらおっしゃってください。荷物は部屋に運び込まれていますが、案内などはご入り用ですか?」


 またナチュラルに特別扱いして、事務員は聞く。


「いや、大丈夫だ」


 アルバートは断わった。ルーベルトの分と二つ鍵を受け取り、踵を返す。


「バイバイ」


 ボクは事務員達に手を振った。だめ押しで、愛嬌を振りまく。

 そんなボクを見て、ルーベルトはくすりと笑った。考えが読まれている気がする。


(にっこり笑顔で人間関係が円滑になるなら、いくらでも笑ってみせるわよ)


 心の中で、ルーベルトに言った。嫌われるより、好かれたいのは普通だろう。

 ボクたちはそのまま寮へと向かった。



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