3-1 学園
王都までは馬車なら三日はかかると言われた。だが、貴族の移動は馬車ではない。
魔法で、アルバートとルーベルトは騎獣を出した。どちらの馬の形をしているのは、乗り心地の良さを加味してのことだろう。本来は自由に形を変えられるそうだ。人によっては獅子とかにする人もいるらしい。
馬車の乗り心地はあまり良くないので、空を駆けていくのだと知ってちょっとほっとした。がたがたと三日も揺られ続けるのは辛いなと思う。
ちなみに、荷物の方は三日前に馬車で先に出発した。
騎獣でなら、今日中に王都につけるらしい。
(本物の馬みたい)
そっと手を伸ばし、騎獣に触れた。ちゃんと実体がある。
すでにちゃんと魔法を使いこなしているアルバートとルーベルトを見て、学園で魔法を学ぶ必要があるのか疑問に思った。
だが、それは口にしない。
魔法学園に自分が興味を持っているからだ。ちょっと楽しみにしている。
(まあでも、差別とかはあるんだろうな)
ウキウキな学園生活が待っているだろうなんて、甘い夢は見ていない。話を聞く限り、獣人の立場はなんとも微妙だ。使い魔の方がたぶん楽だろう。
だが、魔法を習いたいのでそこは我慢する。そもそも白猫だということだけで、使い魔としても差別は受けそうだ。
反論する口があるだけ、マシだと思う。
「ノワール、おいで」
アルバートに呼ばれて、そちらに行く。抱き上げて、馬に座らされた。
(おおっ。乗馬だ)
前世を通しても初体験なので、ちょっとドキドキする。
アルバートが後ろに乗った。
「では、父上。じい。行って来ます」
挨拶して、アルバートは馬の腹を軽く蹴った。
ひんひんと声を上げた馬はバサリと羽根を出す。
(ペガサスだ)
ちょっとした感動に打ち震えた。
馬は空に駆け上がる。
がくんと傾いだ身体をアルバートが支えてくれた。振り返ると、ルーベルトの馬にも羽が生えて飛んでいる。
(さすが魔法の世界。夢がある)
馬に羽根をつけても重すぎて飛べないという知識を持っている身としては、重力も引力もまるっと無視している現状が面白い。
(感覚的には空飛ぶ自動車。前世では実現しなかったけど、構想だけはあったんだよね)
そんなことを考えながら、足下に広がる景色を眺める。
豊かな農地が続いていた。
ロイエンタール領は国の南側に位置しているらしい。季候が温暖で、農作物が豊富だ。全体的に豊かな領地なのが一目でわかる。
(さすが四大公爵家の一つ)
社会科の授業で、この国について学んだ。この国には大きな勢力が4つあることを知る。それは東西南北に領土をそれぞれ持っていた。
もちろん、それは偶然なんかではない。
わざわざ勢力の強い貴族を四方に配置したのだ。それぞれの方角を治めさせる。ロイエンタール勢力圏は南側にあり、南に領地を持つ貴族をまとめるのがロイエンタール家の使命だ。
(領土を分割してそれぞれに責任を持たせるのは悪い考えではないと思うけど、4大公爵家が手を組んで、王都を襲ったら取り囲まれた王家は終わりだと思うんだけどな……)
危機感が足りない気がして、余計な心配をしてしまう。
うっかりそれを口に出したら、社会を教えてくれていたおじいさんは笑った。二度とそういうことは口に出してはいけないと諫めた上で、その心配はないことを説明される。四大公爵家は代々、魔法契約書で王家に忠誠を誓わされる。裏切り行為は出来ないそうだ。
魔法契約書は絶対で、それを破ることは国王にも出来ない。離反すれば、場合によっては命さえ奪われた。
一方的に服従させられるのかと嫌な気分になったら、その代わり、国王も4大公爵家に忠誠にたいする対価を支払わなければいけないようだ。一応、ギブ&テイクな関係らしい。
そんなことを考えながらロイエンタール領を眺めていたら、後ろでアルバートがくすっと笑った。
「ノワールは高いところが怖くないんだな」
そんなことを言われる。
「怖くない」
ボクは頷いた。
前世でも、高いところはわりと平気だった。だが何故か、高いところにいると落ちてみたくなる。落ちたらどんな気分だろうかと、想像してしまうのだ。そういう自分を危ないと自覚している。
いつか、本当に試しそうな自分が怖くてあまり高いところには近づかないようにしていた。
(今落ちたら……。アルバートが助けてくれるな、確実に)
振り返って、アルバートを見る。
「どうした?」
アルバートに問われた。
「何でもない」
首を横に振る。アルバートの胸にもたれかかった。
アルバートの右手が優しく髪を撫でてくれる。
ぽかぽかといい天気で、眠くなってきた。
「ふにゃあ」
欠伸を漏らす。
「危ないから、ここで寝てはいけないよ」
アルバートは苦笑した。
「わかっているよ」
ボクは頷く。もう一度こみ上げてきた欠伸はかみ殺した。
学園に着いたのは昼過ぎだった。
とても立派な門があり、守衛のような人がいる。前世だとちょっとくたびれたおじさんというイメージがあるが、そこにいたのは若い騎士だ。交代で門の所に立っているらしい。
騎士も貴族がなると聞いた。家を継げない次男、三男がなる職業は騎士が多いらしい。だからなのか、彼らも顔立ちが整っていた。
(ここもイケメンパラダイスな予感がする)
ちょっとわくわくした。
貴族は基本的に、顔立ちが整っている。容姿の美しさも貴族には大切な要素なので、美男美女の遺伝子が継続的に取り込まれた結果だろう。地味や派手の違いはあるが、みんなそこそこ見た目が良かった。
(とりあえず、頑張れそう)
ちょっとにやけた。
そんなボクをアルバートは抱っこして騎獣から下ろしてくれる……と思ったら、そのまま抱っこしたままだった。下に降ろすつもりはないらしい。
仕方ないので、アルバートの首にしがみついた。身体を支える。
「ロイエンタール家のアルバート様とルーベルト様ですね?」
騎士が名簿のようなものを持って、確認する。
「それとそちらは……」
視線がこちらに来る。正確には、頭の上でぴくぴくと動いている猫耳に向けられていた。
悪意はないが、興味本位な雰囲気は満々だ。
「私の従者で、獣人のノワールだ。種族は猫科になる」
アルバートが説明する。
「申請を受けております。どうぞ、お入りください」
騎士は通した。
アルバートとルーベルトは騎獣を消し、構内に入る。
重そうな音を立てて門が開き、直ぐに閉まった。
続々と入学する貴族がやってくるが、門はいちいち開閉するらしい。
(ずいぶんと厳重だな)
そう思った。
アルバートとルーベルトは真っ直ぐに伸びた道を歩く。かなり敷地は広そうだ。門から建物までで1㎞以上はあるだろう。
建物は学校というより大きな屋敷という感じだった。建物そのものがいくつかに分かれていて、それぞれが独立している。渡り廊下で繋がっているとかそういうこともなかった。
(移動が面倒くさそう)
そう思う。小中学校より、大学に近い感じがした。実際、習うのは魔法の専門分野なので、大学的な立ち位置にあるのかもしれない。
(貴族の中でもエリート中のエリートしか集まらないって感じなのかな?)
だとしたら、警備の厳重さも納得出来た。みんなそれなりのお坊ちゃん、お嬢ちゃんなのだろう。
きょろきょろと興味深げに見回していたら、あちこちから視線を注がれていることに気づいた。
構内にはぱらぱらと人が居る。その人たちがみんなこちらを見ていた。
(もしかしなくても目立っている)
なんだか居たたまれなくて、ぎゅっとアルバートにしがみついた。早く、どこかに入りたい。
「どうした?」
アルバートが優しく尋ねた。
「みんなが見ている」
嫌そうに答えたのに、アルバートは何故か嬉しそうだ。
「ノワールが可愛いからだよ」
自慢げにそんなことを言う。
アルバートは親バカならぬ主バカだ。
そのことを思い出し、思わずすんとした顔になる。
それを見たルーベルトは一人、笑いをかみ殺していた。
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