閑話: 重い愛は半分に。





 午後の勉強時間が終わり、アルバートは剣術の訓練に行った。庭に騎士が来て、稽古をつけてくれる。

 貴族として、ある程度は剣の腕も必要だ。

 ルーベルトは爵位を継ぐわけではないので、関係ない。魔力が強く、家を出て婿に入る予定もなかった。

 ソファに座って、読みかけの本を取り出す。1人静かに本を読んでいると、ノワールが隣に来た。

 ノワールも訓練に参加しないので部屋に残っている。本人は一緒に訓練したがったが、過保護なアルバートはそれを許さなかった。怪我をするのを心配する。

 ノワールはちらちらとルーベルトを見ていた。

 視線を感じて、ルーベルトは苦笑した。


「何?」


 問いかける。


「怒っている?」


 不安そうに、ノワールは聞いた。

 左右の色が違う瞳が不安そうにルーベルトを見る。


「怒られるようなことをしたの?」


 ルーベルトは尋ねた。


「アルバートがボクに構いすぎるから。ルーベルトが寂しい思いをしているかもしれないと思って……」


 ノワールは言い難そうに答える。

 確かに、アルバートはノワールを溺愛していた。猫の時も構いまくっていたが、人型になってからはなおさらだ。よく膝の上に抱っこしている。

 あれこれと世話を焼くのが楽しいようだ。


「確かに、アルバートの溺愛振りは凄いね」


 ルーベルトは苦く笑った。


「寂しくない?」


 ノワールは心配そうな顔をした。


「まったく寂しくないと言うと嘘になると思うけど。アルバートの愛はちょっと重いから、半分になるくらいでちょうどいいよ」


 ルーベルトは笑った。


「確かに」


 ノワールは頷く。

 そんなノワールにそっとルーベルトは手を伸ばした。

 ノワールはその手をじっと見るが、逃げない。

 ルーベルトはそっとノワールの髪に触れた。優しく頭を撫でる。


「ノワールはいい子だね」


 ルーベルトはそう言った。

 ノワールは気持ち良さそうに目を細める。


「アルバートはたぶん、私より寂しい子なんだ」


 独り言のようにルーベルトは呟いた。

 アルバートがやって来た時、ルーベルトは母と生まれてくるはずだった兄弟を失って寂しかった。母は自分で息子を育てていた。ルーベルトは愛され可愛がられる。母が死んでも溺愛してくれる父がいたが、忙しい父は昼間はほとんど家にいなかった。いつも1人で、父の帰りを待つ。

 だから、アルバートが来て嬉しかった。

 兄弟が出来て、喜ぶ。

 小さい子供の半年差はけっこう大きかった。アルバートはルーベルトより明らかに小さい。ルーベルトはアルバートの面倒を見た。

 そしてそんなルーベルトにアルバートは懐く。

 アルバートは母親と暮らしていたが、彼女は母になることより女であることを取った人だった。女友達や愛人と遊び歩いても、子供のために何かする人ではない。子供は乳母に任せっきりだった。だが貴族の家ではそれは別に珍しいことではない。ルーベルトの母のように、自分の手で子供を育てるほうが稀だ。貴族の女性にとって、大事なのは子育てより社交になる。そういう意味では、公爵夫人としての仕事は果たしていた。

 だがそれを子供が寂しく思わないわけはない。アルバートはルーベルトに会って初めて、家族に世話をしてもらった。アルバートにとって、それはとても大きなことだった。以来、ルーベルトにべったりになる。

 何かとルーベルトを煙たがる母親に敵愾心を持つほどに、アルバートの愛は偏った。

 そしてその愛は今、半分、ノワールに向いている。自分が世話をする相手が出来て、嬉しいようだ。

 甘える相手はルーベルトで、甘やかす相手はノワールと、アルバートの中では割り振りが出来ている。


「ちょっと重いけど、許してあげてね」


 ルーベルトはノワールに頼む。


「わかっているよ」


 ノワールは微笑んだ。



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