3-6 分の悪い勝負
アルバートとルーベルトは靴屋を出て買い物に行くことにした。
ノワールを一人残すのは心配だが、買い物もしたい。そして何より、不穏な気配を醸し出している連中をどこかで片付けなければいけないと思っていた。
街を歩いているときから、よくない視線は感じていた。ノワールはとても目立つ。全体的に色素が薄く、色白な上に左右の瞳の色が違うオッドアイだ。普通の子供だとしても目立つのに、その頭には猫耳がついていた。
獣人はとても珍しい。
希少すぎて、争いの種になるほど。そのため、ほとんどの獣人は従者契約をして主に保護されていた。契約すれば、主から一定時間一定の距離以上離れることが出来なくなる。無理矢理引き離されると、命を失うこともあった。
たいていの貴族はそれを知っている。ノワールはアルバートと契約済みなので、貴族達が手を出す心配はなかった。手に入れても、直ぐに衰弱して亡くなるなら意味がない。
だが平民にはそういう契約はあまり伝わっていないかもしれない。伝わっていたとしても、弱る前に売ってしまえばいいと思っていそうだ。
ノワールを強奪するつもりなのが空気で伝わってくる。
さっさと返り討ちにすることもアルバートは考えた。
しかし、ノワールを連れたままでは分が悪い。万が一のことを考えると、やり合うのは得策ではないと思った。
争いを避けて、店に入る。
ノワールが店主や職人と話に講じる中、アルバートは外で待ち構えているであろう破落戸達をどうするか考えていた。
強力な魔法を使える貴族とたいした魔力がない平民では勝負にならない。アルバートが破落戸達を倒すのは難しくなかった。
それはもちろん、破落戸達も知っている。だが、数を揃えればなんとかなると思っている連中は少なくなった。
そして今回の連中はそういう奴ららしい。
(いくら数を揃えても、無駄だというのに)
アルバートは心の中で嘲る。その気になれば、殺すのは簡単だ。息が出来ないようにすればいい。だがさすがにそれはやり過ぎだろう。中途半端に手加減するのは面倒くさかった。
なにより、ノワールに残酷なものは見せたくない。どうやって破落戸を追っ払うか、アルバートは思案していた。
ノワールを置いて店を出ることになり、ある意味、都合がいいとアルバートは思った。
店を出ると、振り返る。店主が鍵を掛けるのを確認した。それだけでは不安で、魔法でも封印する。
一定以上の魔力を持つ貴族以外、鍵が開いてもドアを開ける事は出来ないはずだ。
とりあえずは安全だろう。
ルーベルトと二人、買い物をしながら破落戸達を人気がない方におびき寄せた。
店に踏み込めないことに気づいたら、彼らの矛先はこちらに向くだろう。彼らが見失う事がないように、わざとゆっくりと他の店で商品を見て回った。
「付いてくるのは5~6人。道の先で待っているのも同じくらいかな」
ルーベルトの呟きがアルバートの耳に入った。自分の考えがばれているのがわかる。
「手助けは必要?」
ルーベルトは問いかけた。
「いや、いい」
アルバートは断わる。
「ルーベルトはこういうの、好きではないだろ?」
問いかけた。
「まあ、揉めるのは好きではないね。相手が破落戸でも」
ルーベルトは答える。
「じゃあ、手を出さなくていい」
負ける気は全くしないので、そう言った。相手は人数が多くても、小者だ。
貴族相手に戦うなら、不意を突くのが唯一の勝ち筋だ。それがわかっているなら、殺気を出して近づいたりはしない。相手に警戒されたら終わりだ。だが破落戸達は殺気を隠そうとしない。
(よほど侮られているのか、それともこれはわざとでどこか伏兵が隠れているのか……)
どちらだろうと考えていると、相手が動いた。
自分たちが釣られたのだ知らずに、路地裏に入ったアルバートとルーベルトを囲む。
「何か用か?」
アルバートは尋ねた。落ち着いた顔で、破落戸達を見回す。全部で10人居なかった。
「ああ。連れていた獣人を譲って貰おうと思ってな。代金はまあ……、払うつもりはねぇが」
リーダー格の男が言う。
「正直と言えば正直だな」
アルバートは小さく笑った。もう少し上手い言い方があるだろうが、直球な物言いだ。
「譲ると思うのか?」
アルバートは鼻で笑う。
「そのための話し合いをしようや」
男は指を鳴らした。
「貴族相手に敵うとでも?」
アルバートは思わず笑ってしまう。
「思っているよ。魔法を無効化するアイテムくらい、こっちも持っているんだよ」
男は腕輪のようなものを見せた。
(へぇ。そういうのがあると聞いたことはあるが、実物を見たのは初めてだな。後で、貰っておこう)
アルバートは興味を持った。ちまたにそういうものが出回っていることは知っている。だがそんなアイテム、欲するのは悪いことをしようとしいる破落戸くらいだ。普通の市民は貴族に関わることなんてほとんどない。そんなものにお金を払う人間はいなかった。
「ちなみに、ノワールをどうするつもりなんだ?」
単純な好奇心から、アルバートは聞いた。
「獣人を欲しがる金持ちはいくらでもいる」
男は答える。特定の相手に心当たりがあるわけではないようだ。手に入れてから、売る先を探すつもりらしい。
(馬鹿正直に、質問に答えてくれてありがたい)
男にちょっと感謝した。
「正直な君にサービスで教えてあげるけど、従者契約をしている獣人は主から離れる事が出来ない。売るのは無理だ」
親切心から、アルバートは教える。
「バカにするな。それくらい知っている。従者契約は獣人の方からも解除できることも」
男の言葉に、アルバートは少し驚いた。
「なるほど、ただのバカではないんだな」
変な感心をする。男の後ろに、誰か居ることを疑った。解除の話はあまり知られていない。
(まあどのみち、ノワールは従者契約ではなく使い魔契約だから、自分から解除はできないんだけどな)
使い魔と従者は契約方法も内容もほぼ同じだ。だが、ほぼということは全く同じではない。
大きな違いは、契約の解除が出来るか出来ないかだ。
従者契約は、主と獣人が納得すれば解除が出来る。しかし使い魔の方は出来なかった。ノワールは使い魔として契約しているので、解除できない。しかしそれを教えてやるつもりはなかった。
「思ったより、詳しいな。それは誰に教わったんだ?」
静かに、アルバートは尋ねる。雰囲気が急に変った。不穏な空気を破落戸達は感じ取る。
ピンと空気が張り詰めた。
「やばいんじゃないか、これ」
後ろの方で、誰かが囁く。
旗色の悪さとを敏感に察した数人が、じりじりとその場を離れようとした。破落戸として生残ってきたのは伊達ではないらしい。危険を察知する能力は長けているようだ。
「おい」
それに気づいて、男が声をかける。
「悪いが、命を張るつもりはない」
そう言って、人数は半分に減った。
「危機管理能力はあるらしいな」
アルバートは笑う。挑発した。さすがにこちらから手を出すのは不味い。手を出してもらえないと、何も出来なかった。
「……ちっ」
男は盛大に舌打ちする。仲間に合図した。諦めるらしい。何事もなかったように、男達はばらけていった。
「諦めるのか?」
アルバートは少し残念な顔をする。男を倒して、魔法無効のアイテムを入手しようと思ったのに目論見が外れた。
「分が悪い勝負をするほどバカではねーよっ」
男は毒つき、踵を返す。
「残念だ」
本当にそう思って、アルバートは呟いた。
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