3-7 魔法契約書
スリッパは材料費が安いので単価も安かった。作り方も簡単なので、短時間であっという間に出来上がる。調子に乗って10足ほど作ってもらった。
できあがりに満足してほくほくしていたら、ドアが外からノックされる。
そちらを見るとアルバートとルーベルトが立っていた。買い物を終えて戻ってきたらしい。
店主がドアの鍵を開けた。
アルバートとルーベルトは中に入ってくる。
「誰も来なかったか?」
アルバートに聞かれた。
その質問に、目をぱちくりと瞬く。
「……来ないよ」
ボクは答えた。実際、誰もこない。だが、答えるまでに間があったのには理由があった。
(誰も来なかったことはアルバートが一番わかっているはずなのに、何故、聞くのだろう?)
不思議に思う。
出かける時、アルバートがドアに封印を施すのが見えた。鍵を掛けるだけでは不安だったのだろう。ドアに魔方陣のような物が張り付いていていた。
戻ってきた時、封印はそのままだったはずだ。アルバートが封印を解除したところは見ていないが、誰もドアを開けていないのだから封印が解かれることはない。
アルバートは封印を見て、誰も出入りしていないことはわかったはずだ。それなのに何故確認したのか、わからない。
(ううーん)
質問には別の意図があったのだろうかと考えた。気になったが、聞くほどの事でもない。結局、そのことは口にしなかった。
もっと他にアルバートに話したいことがある。
「スリッパ、出来たよ」
作ってもらったそれを、アルバートとルーベルトに見せた。
「それがスリッパか」
二人は物珍しそうに見る。手にとった。
「ずいぶん軽いな」
二人は驚く。靴に比べたら、かなり軽い。底が薄いことにも気づいた。
「薄くて軽くていいんだよ。部屋の中で履く為のものなのだから」
ボクは説明する。2人は納得した。
「それでね、このスリッパを販売したいというので契約をしようと思うんだけど……」
ボクが説明すると、2人とも目を丸くする。
「どうしてそういう話になっているんだ?」
アルバートは困惑した。ルーベルトも微妙な顔をしている。
なりゆきを説明した。
黙って聞いていた2人は呆れた顔をする。
「面倒だから、権利なんて上げてしまえばいいのに」
アルバートは簡単に言った。
正直、スリッパは単価が安いのでたいして儲からないだろう。そもそも、自分が欲しいものを作って貰っただけなので、それを商いにするつもりはなかった。
だが、前世の知識を気軽に垂れ流すのは危険な気がする。タダで渡したら、歯止めがきかなくなりそうだ。それなら、少しでもマージンを取ってきちんと契約をした方がいい。それに、自立を目指すならお金は持っていて困らない。
「それはこちらも困るのです」
ボクが答える前に、店主が言った。
魔法契約書を作りたいと願い出る。
この世界に契約書は2種類あった。約束を書面にしただけの普通のものと魔法によって強制力が発生する魔法契約書だ。平民同志は主に普通の契約書を使い、相手が貴族や多額の利益が見込める時だけ魔法契約書を作る。
その魔法契約書には特許的な一面もあるようだ。しかも前世の日本よりずっと権利は守られている。特許を侵害すると、魔法で制裁が与えられた。下手をすれば命に関わるので、他人の権利を侵す人はいない。
店主はその魔法契約書の作成を望んでいた。
スリッパは構造が単純だ。誰にでも真似できる。だからこそ、自分のところで独占するには魔法契約書が必要になるらしい。そうしなければ、他の店もどんどんスリッパを作って売り出すだろう。
ノワールと契約することで、店主は魔法契約書を得て、自分の権利を確保しようとしていた。
「他の店が真似をするほど、売れるのか?」
アルバートは疑問に思う。
それはボクも同様だった。
「売れると思いますよ。家の中を泥だらけの靴で歩き回られたくないのは、貴族よりむしろ市民の方でしょう」
店主は苦く笑う。妙に実感がこもっているのは、奥さんに叱られたことがあるのかもしれない。
「それで魔法契約書か」
アルバートは納得する。
「ちゃっかりしているな」
呆れた。
「こちらも商売ですので」
店主は悪びれもしない。
魔法契約書は文字通り、締結するときに魔力が必要だ。しかしそれは市民レベルの魔力で出来る話ではない。それなりの魔力を契約書に注がないと、締結出来なかった。そのため、魔力を貸して契約を代行してくれる業者もある。しかしその手数料はとても高額だ。
「私の魔力で契約を締結するという魂胆か」
アルバートは冷めた目で店主を見た。
「おっしゃる通りです」
店主はあっさり認める。どこか憎めなかった。
「契約書の紙そのものはありますので、記入し、魔力を注げば完成です。お願いできないでしょうか?」
アルバートに頼む。
二人のやりとりを見ていたボクは口を挟んだ。
「それ、ボクが自分でやれば良くない?」
店主が何故アルバートに頼むのか、不思議に思った。自分の契約なのだからボクがすればいいと思う。
「え?」
店主は驚いた。
「?」
何を驚かれているのかわからなくて、ボクは首を傾げる。
アルバートはルーベルトを見た。相談するような目をする。
「出来るのか、試してみればいいんじゃないか?」
ルーベルトは言った。
「そんな難しいものなの?」
ボクは聞く。契約に必要なことだから、そこまで大変な事だとは思わなかった。ある程度の人が出来なければ困るだろう。そうでなければ不便だ。
「どうかな。私もアルバートもやったことはないよ」
ルーベルトが答える。
「やり方は書いた紙がありますから、難しくはありません」
店主はボクを見た。
「やれますか?」
不安そうに聞く。
(子供だから無理って思われているのか)
店主がアルバートに頼んだ理由を理解した。
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