3-8 魔法契約書 2
ボクたちは応接室に通された。
靴屋は接客するための店先とその奥にある職人の工房。扉を挟んで隣に応接室と事務室があった。ざっくり言うと、4つに仕切られている。
ソファは真ん中にボクが、左右にアルバートとルーベルトが座った。
店主は奥から大切そうに契約書の紙を持ってくる。
「こちらが魔法契約書専用の紙になります。私には見えませんが、すでに魔方陣が張ってあるそうです」
店主の説明を聞いて、差し出された紙を手に取る。
一見しただけでは普通の紙にしか見えなかった。何の変哲もない。ひっくり返したり、透かしたりして眺めてみた。だが、やはり特別な感じはしない。
(騙されているんじゃ……)
店主が心配になった。たぶん、この紙は安くはない。
「魔力を通さない限り、普通の紙にしか見えません」
店主は口にしなかった疑問に答えてくれた。
(この紙に魔力を……)
試しにちょっと魔力を流してみる。イメージは電気が指先を通って紙に伝わる感じだ。方法なんて知らないから、勝手にやってみる。
「!?」
一瞬、紙に魔方陣が浮かんだ。それも一つではない。複数の魔方陣が張ってあった。
普通の紙ではないことは確からしい。
「今、光ったな?」
アルバートはボクを見た。
(光ったかな?)
ちょっと不思議に思う。魔方陣は見えたが、光ったという認識はなかった。
「ノワールがやったのか?」
確認される。
「……うん」
ボクは頷いた。認識の違いはあるとしても、自分がやったことにかわりはないだろう。魔力を流したのは事実だ。
「自分で出来そう」
ただの勘だが、そう思った。
「そうか
アルバートはただ頷く。何か言いたげな顔をしたが、口には出さなかった。
店主は契約内容を紙に書き込んだ。契約書を作成する。それをアルバートに渡した。
「……」
アルバートは黙って、目を通す。ルーベルトに渡した。
ルーベルトも同じように確認する。
ボクも横からそれを覗き込んだ。ざっと読む限り、問題はない気がする。
「内容に間違いがなければ、この紙に魔力を流してください。それで契約は成立です。勝手に魔法が発動するはずです」
店主は少しだけ自信なさげに言った。契約するのは初めてらしい。
「わかった」
頷いて、魔力を流した。さっきやったのとまったく同じやり方で、魔力を流し続ける。魔方陣が光って、浮き出てきた。
それらが紙の上で展開していく。一つが展開し終わるとそれが次の魔方陣が発動するトリガーになった。
(これはあれだ。ピタゴラスイッチの魔方陣版だ)
思わず、歓声を上げる。面白くて見入った。
一通り終わると、手に持っていた紙がすっと掻き消えた。
「え?」
驚いて、じっと手を見る。
「消えた」
少なからず動揺して、店主を見る。
店主は目を丸くしていた。しかし、それは感動だったらしい。
「初めて見ましたが、凄いですね」
感嘆の声を上げた。
「契約書は商業ギルドに保管され、管理されるんです。魔法契約書は成立すると、勝手にギルドに転送されるようになっているのでこれでいいんです」
説明される。
それを聞いてほっとした。
「いろいろ凝っているんだね。魔方陣もたくさんいろんなのが張ってあって面白かったよ」
ほくほくとアルバートに報告すると、アルバートは困った顔をした。ルーベルトを見る。
ルーベルトはボクの顔を覗き込んだ。
「魔方陣が見えたの?」
問われる。いつになく固い顔をしていた。
猫の勘が、嫌なものを察知する。答えるかどうか迷った。だが、ここで嘘を吐くのはもっと不味い気がした。
「見えたよ。何種類も紙に浮かんでいた」
正直に話す。
「……そうか」
ルーベルトは小さく息を吐いた。アルバートを見る。
「私には紙が光ったようにしか見えなかった」
そう告げた。
「私も」
アルバートは頷く。
「私には紙が光ったこともわかりませんでした。ゆらゆらと紙が揺れていたので、魔法が発動しているのはわかりましたが」
店主が呟いた。
「えっ……」
ボクは戸惑う。
自分に見えていたものが誰にも見えていなかった事を知って、驚いた。
「魔法って、使うと魔方陣が見えるよね?」
アルバートとルーベルトに聞く。
ボクには使われる魔法の魔方陣が見えた。だから誰がどんな魔法を使ったのか、よくわかる。
「そんなものは見えないよ」
ルーベルトは苦笑した。
「魔方陣が見えたら、相手に何の魔法を使うのかわかってしまうだろう? 詠唱さえ相手に聞こえないように心の中で唱えるのに、何故、魔方陣を見せて相手に何の魔法を使うのか知らせるんだい?」
問われて、それもそうだなと思う。
「でも、魔法を使うと見えるよ。アルバートが、さっきドアに封印をしたのも見えた。ドアに魔方陣が張り付いていたから」
ボクの言葉に、アルバートとルーベルトは顔を見合わせた。
小さく頷き合う。
「その話は後にしよう。遅くなる前に、学園に戻らないとね」
少し強引にルーベルトは話を切り上げた。
それがどういう意味なのかは考えなくてもわかる。
店主は何も言わなかった。
余計な事を口にしないあたり、賢い。
ボクたちは店を出て、馬車で学園に戻った。
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