3-9 自分の価値
馬車の中で、アルバートとルーベルトは無言だった。
(空気が重い)
何とも居心地が悪い。
甘えて場を和ませるような雰囲気でさえなかった。
アルバートの膝の上に抱っこされながら、ボクは大人しく作ってもらったスリッパを抱える。
魔法陣が見えることがそれほど大事だとは思っていなかった。みんな見えるのだと勝手に思い込む。
何もしていないのに見えるんだから、そんなものなのだと思っていた。
(そういえば、見えるようになったのはいつからだろう?)
考えてみる。最初から見えていたわけではない。
ブリーダーの家にいた時には何も見えなかった。でもそれは彼女達の使う魔法が水を出したり火をつけたりする程度の初級の魔法だからかもしれない。
魔法陣を使う高等魔法を平民は使えなかった。
だが、アルバートと契約したから見えるようになったという可能性もある。
アルバートと繋がった時、魔法の知識が一部、流れ込んでくるのを感じた。使い魔として知っておくべき事は、勝手に付与されるのだろう。
変身魔法なんて上級者の魔法を本を読んだだけで使えたのも、その知識があったからかもしれない。
(魂が繋がったことが何か関係しているのかも)
そんなことを考えていたら、馬車は学園に着いた。
抱っこされて、部屋まで運ばれる。
その間も、アルバートもルーベルトも口を開かなかった。
(そんなにも不味いことなのだろうか?)
不安になる。
だがそんな状態でも、当初の目的は忘れていなかった。
そんな自分をちょっと褒めたい。
「ストップ!!」
部屋に入って直ぐ、声を上げた。
「え?」
ルーベルトが驚いた顔をする。
アルバートもびっくりしていた。
だが二人とも止まってくれる。こんな時でも二人は優しい。
ボクは下に降ろして貰った。
「はい」
作って貰ったばかりのスリッパをアルバートとルーベルトに一つずつ差し出す。
「スリッパに履き替えて」
頼んだ。
「今はそういう場合じゃ……」
アルバートは苦笑する。
だが、ボクにも引くつもりはない。何のために街に行ったのか。すべてはこのスリッパのためだ。
「履いて」
強請る。
「わかった」
アルバートは折れた。スリッパを受け取る。
そんなアルバートを見て、ルーベルトはくすりと笑った。甘いと思っているのだろう。
ボクはルーベルトを見た。
「わかっているよ」
ルーベルトは頷く。スリッパを受け取ってくれた。
マットの上で、二人は靴を脱ぐ。スリッパに履き替えた。
その間に、ボクはちょっとした魔法を使う。床を掃除したかった。空いている小さな木箱をひっくり返す。自走式ロボット掃除機をイメージして、その箱の中にゴミや土汚れが吸い込まれていくのを想像した。すると、木箱はするすると床の上を動き、どんどんゴミを吸い込んでいく。
(おおっ。まさしくルンバ)
予想以上に上手くいって、感動した。思わず拍手する。
「……何をしている?」
アルバートは困った顔をした。床の上を動いている木箱の掃除機もどきを見つめる。
「お掃除」
ボクは答えた。床を綺麗にするなら掃除機を掛けるのが一番だ。しかし、この世界にそういう機械はない。だから魔法を使った。自分でやるより自走してくれた方が便利なので、勝手に動くようにする。物にはぶつからないよう、センサーが付いていることもイメージしたら、ちゃんと障害物は避けて動いている。
(完璧すぎる)
どんどん綺麗になっていく床を見ながらボクは喜んだが、アルバートは渋い顔をする。
「そうか。終わったらいろいろ話そう」
疲れた顔でそう言われた。
(これも駄目ですか? でも、ただ床の上のゴミを吸い込んでいるだけで、たいして難しいことはしていないんですよ?)
心の中で反論する。木箱を使ったのは、そういうガワがないとイメージがしにくかったからだ。何もないより、木箱の中にゴミが吸い込まれるのをイメージする方が簡単だ。
良かれと思って掃除したのに、裏目に出ている。
「なんか……、ごめんなさい」
とりあえず、謝った。
スリッパはおおむね好評だった。軽くて楽で履いている感覚がないのがいいらしい。
だが自走式木箱掃除機は、今後、使用禁止を言い渡された。
(便利なのに)
そう思ったが、見た目が目立ち過ぎると言われると何も言い返せない。小さめの木箱を使ったが、それでも十分にインパクトはあった。
自走式でなければいいのかな?とも思ったが、どのみち木箱は駄目なのだろう。片付ける時に意外と重くて面倒な事に気づいた。軽くて丈夫な段ボールが欲しい。だがこの世界にそんな便利なものはない。箱っぽい形状のものは他に見当たらなかった。
(段ボールとかすごい便利なのに、どうして誰も作らないのだろう?)
不思議に思う。だがそもそも紙が安くはないことを思い出した。単価的な問題で、木箱の方がいいのだろう。その代わり、木箱は重い。
「とにかく今後、変ったことをする時は事前に相談すると約束してくれ」
思いつきで適当に魔法を使わないようにと釘を刺された。
「……はい」
ボクは素直に頷く。
そんなボクの頭をアルバートの手が撫でた。
「怒っているわけじゃない。ただ心配なんだ」
諭すように囁かれる。
「魔方陣が見えることもそうだが、人と違うところは内緒にしておいた方がいい。価値が高すぎると、狙われる。リスクを冒しても手に入れようとする輩が出てくる。ノワールを危ない目に遭わせたくないから、余計な事はしないと約束してくれ」
アルバートは真面目な顔で言った。
「わかった。余計なことはしない」
ボクは約束した。
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