12-3 お気に入り。(ケインside)
ケインがネコの獣人・ノワールの噂を初めて耳にしたのは半年以上も前の話だ。
獣人という生き物はとても珍しい。数が極端に少なく、探しても見つかる可能性は低い。
獣人の国があるという噂を聞いたこともあるが、それはあくまで噂だ。実際にその国に行ったことがある人間はいない。
学園に通い主と共に授業を受けていると聞いて、好奇心が疼いた。
ただ珍しいだけの生き物ならたいして興味は無い。だが自分で魔法を使うというのが面白かった。学園で魔法を学ぶなんて、まるで人間みたいだ。
獣人は基本、獣よりは人間寄りの扱いを受ける。だから主と共になら学園で授業を受けるのは可能だ。だが今まで、獣人が授業を受けたなんて話は聞いたことが無い。たいていの場合、獣人は屋敷の奥深くに隠されていた。珍しい分、狙われることも多い。屋敷から出さないのが一番安全だ。
だがノワールは学園で普通に生活しているという。ぜひ見に行きたいと思った。
しかしケインにも立場がある。四大公爵家の1人として、その行動には責任が伴った。
何故かチャラく見られるが、見た目ほどケインはふざけた人間ではない。アグレスト家の跡取りとして、それなりに自覚は持っていた。自分の迂闊な行動がどんな結果を招くかはよく知っている。行動は慎重にならざる得なかった。
だが、その後も噂はいろいろと流れてくる。薔薇の会が動いたとも聞いた。
薔薇の会が動くほどだから、ノワールには何かあるのだろう。ますます興味が湧いた。しかし獣人の主は同じ四大公爵家のロイエンタール家のアルバートだ。迂闊にちょっかいはかけられない。
ケインは我慢した。
だが新たな噂が耳に入る。
ノワールは何かと噂の王女に気に入られたそうだ。
(それは一度、自分の目で確認しない訳にはいかないな)
ケインは大義名分を手に入れる。
王女に気に入られたという噂が流れてから、ノワールに対する興味はケインだけではなく、多くの貴族が抱いたようだ。それは王女に取り入るチャンスになり得る。
社交の季節は残り少ないが、まだパーティは残っていた。アルバートの参加には当然、獣人もついてくることが予想される。アルバートはどこに行く時も獣人を連れていた。
ケインはアルバートが参加しそうなパーティをチェックする。自分も参加し、アルバートとノワールを探すことにした。
そしてあるパーティで、ようやくケインはノワールの姿を目にする。それは小さな男の子だった。
その子供は7~8歳くらいに見えた。
顔立ちはびっくりするくらい整っている。一瞬、人形かと思った。動いていなければ、生きているなんて誰も信じないだろう。精巧に出来ているビスクドールだと言われる方が納得出来た。だが彼は椅子に座って、ぱくぱくと料理を口に運んでいる。美味しそうに食べていた。小さな身体のどこに入るんだ?と思うくらいの量を平気で平らげる。
周りはそれを遠巻きに見ていた。興味はあるが、声を掛けることは出来ない。何故なら、その子はロイエンタール家の所有物だ。格下の家の人間が話し掛けていい対象では無い。そんなことが許されるのは、四大公爵家以上の人間しかいない。
ケインは話し掛けた。
ちらりと左右の色が違う瞳がこちらを見る。まるで宝石のような瞳だ。ますます人形っぽい印象を受ける。
頭に白いネコミミがついていなければ人間と何も変わらないようにも見えた。
ネコミミはぴくぴくと動いている。
(可愛い)
普通にそう思った。
ノワールはあっさりケインを無視する。素知らぬ顔をした。だが、ネコミミは音を拾うようにぴくぴくと反応している。聞こえていない訳がなかった。
無視なんてされたことないので、ケインは驚く。ますます面白いと思った。
話し掛けても全て無視されるので、触ってみようと思う。手を伸ばした。
シャーッっと、威嚇される。
本人は怖がらせるつもりなのだろうが、可愛い顔と幼さが相まって、ただ可愛いだけだ。
だが敵意は感じたので、とりあえず手は引っ込める。
その後も話し掛けるが、無視された。皿に盛った料理がなくなったからなのか、ノワールは椅子から降りて歩き出す。カラの皿は椅子の上にちょこんと置き去りにされた。直ぐに気づいた使用人にその皿は片付けられる。
ケインは少し離れて追い掛けた。怖がらせないように距離を置いたのだが、無駄だったらしい。
嫌われてしまったようだ。
ノワールはグランドル家に助けを求める。三男の足にしがみついた。確か、三男はまだ学生のはずだ。ノワールとは顔見知りなのかもしれない。
自分には全く懐かないのに、グランドル家の兄弟には妙に友好的だ。
ケインは悔しくなる。
グランドル家の長男のクリスは学園の同級生だ。小さい頃から顔を合わせていて同い年なので、わりと仲がいい。
懐かれて狡いと文句を言うと、苛めたお前が悪いと言い返された。
(苛めてはいない)
心の中で否定する。
だが、ノワールは苛められたのだと主張した。ケインは分が悪いことを悟る。
「なんでお前らは良くて、わたしはダメなんだよ」
文句を言った。
「人徳の差じゃ無いか?」
優しそうな顔をして、クリスは相変わらず辛辣だ。言いにくいことをずばっと言う。そしてこれ見よがしに目の前でノワールを抱っこした。いちゃいちゃする。
「ずるくないか?」
ケインは不満を顕わにした。
「ノワール? ここにいたのか」
そこへアルバートとルーベルトがやってくる。ルーベルトはケインを見て、微妙な顔をした。小さな頃、ルーベルトがあまりに可愛くてちょっかいをかけていたら、泣かれたことがある。それ以来、関係はなんとなく微妙だ。
「ケインに苛められて、逃げてきたようだ」
クリスは余計な事を言う。アルバートはケインを見た。
「違う。そんなことはしていない」
ケインは否定する。
だが、アルバートは取り合わない。というより、無視された。ルーベルトの一件以来、アルバートからケインへのあたりは強い。
アルバートはケインを無視して、グランドル家に挨拶した。ノワールのことで礼を言う。
「おい、アルバート。わたしを無視するな。お前は本当に昔からわたしのことが嫌いだな」
ケインはやれやれという顔をした。
「ルーベルトにちょっかい出したこと、まだ忘れていませんから」
アルバートは冷たい目をケインに向ける。
「あれはちょっと可愛がっただけだろ」
ケインは否定した。
だが、アルバートは取り合わない。無言で睨んだ。
ケインは小さく肩を竦める。
「とにかく、ノワールには近づかないでください」
アルバートは冷たく言った。そそくさと立ち去る。
「そういうことだそうだから、諦めろ」
クリスはポンとケインの肩に手を置いた。
そんなクリスにケインは冷めた目を向ける。
「お前は気に入られたようだな」
じとっと睨んだ。
「? どういう意味だ?」
クリスは首を傾げる。
「あれが王女のお気に入りのネコだと知っているのだろう?」
ケインは問うた。
「そうなのか? 知らなかった」
真顔でクリスは答える。嘘をいっている感じではなかった。
「それくらいのこと、四大公爵家なら調べておけ」
ケインは眉をしかめる。
「ケインは相変わらず、いい加減そうに見えるのに真面目だな」
クリスは笑った。
「お前は真面目そうに見えて、いい加減だな」
ケインは呆れた顔をする。クリスは否定するわけでもなく、ただ笑った。
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