12-2 ストーカー。
男は一定の距離を取ってボクの後ろをついてきた。
(ヤダ。何、コレ。ストーカー?)
パーティ会場の中でストーカーするのも変な話だが、ボクはぞわぞわした寒気を覚えた。
(凄く、イヤ。この人、嫌い)
ボクは急いで知った顔を探す。アルバートでもルーベルトでも、ロイドでもカールでも誰でもいい。誰かに縋りつきたかった。
だが、ざっと見渡してもいない。
子供のボクの視界は狭い。大人が多いパーティの中では、人波でかなり視界が遮られた。遠くまで見渡せない。
(どうしよう)
心臓がトカトカしてきた。
「ノワール?」
そんなボクに声が掛る。聞き覚えがある声だ。
「にゃあ」
返事して振り返ると、ラルフがいた。よく似た青年2人と一緒に居る。おそらく、兄たちだろう。だが体格はラルフの方が大きかった。2人は細身で華奢に見える。弟は体育会系で兄たちは文系という感じだ。
「にゃあ」
ボクは助けを求める。足に縋りつくと、抱上げられた。ラルフの首に手を回して、しがみつく。よしよしとあやすようにボクの背をラルフは撫でた。
少しボクの気持ちは落ち着く。心臓が普通のリズムで鼓動を刻んだ。ゆっくりとボクは息を吐く。しがみついていた腕の力を緩めた。
「何で泣いているんだ?」
ボクの顔を覗き込んだラルフが問う。指先がぼくの目尻を拭った。涙を掬い取る。
泣いているつもりはなかったので、ボク自身、驚いた。
「にゃあにゃあ」
鳴き声を上げる。
そんなボクとラルフのやり取りをラルフに似た青年が2人、眺めていた。
「可愛いな」
そんなことを言って、目を細める。彼らからはラルフと同じ匂いがした。家の匂いだろう。
「触ってもいいかな?」
ボクに聞く。
(この人達は平気)
ボクはそう思った。
「にゃあ」
頷く。
そっと優しい手が伸びてきて、頭を撫でた。その手はおずおずと遠慮がちに耳にも触れる。
「柔らかい」
そんな感想を口にした。
その手はとても心地よくて、ボクは自分から頭をすりすりする。
ふっと彼は笑った。
「おいで」
穏やかな声で囁く。
ボクはそちらに手を伸ばした。抱っこして貰う。おっかなびっくりという感じで遠慮気味に抱きしめられたので、自分からぎゅっとしがみついた。
それに気づいて、抱き返される。
「とても軽いな」
驚いた顔をされた。
「柔らかくて、温かい」
すりっと頭に頬ずりされる。
(なんかわかんないけど、この人達は好きvvv)
嫌な気持ちが晴れて、ほわほわしてきた。ラルフたちがいて良かったと安堵する。
そんないい気分の所にストーカーがやってきた。
「なんで懐かれてんの?」
とても不満そうに文句を言う。
ラルフの家は四大貴族だ。そのラルフたちに対して、タメ口をきいている。
(すごーく、嫌な予感がする)
ボクは眉をしかめた。彼もまた、四大貴族の一員なのかもしれない。
「先に声を掛けたのはこっちなのに」
そう言って手を伸ばしてきたので、シャーッと威嚇した。歯をむき出しにして、睨む。
嫌い嫌い大嫌い--そんなオーラを出しまくった。
「ケインが嫌いなんだろ」
にべもなく、そう言ったのはボクを抱っこしていないもう1人の方だ。
「兄さん」
ボクを抱っこしている彼が苦笑する。
どうやら、文句を言ってくれたのが長男で抱っこしてくれているのが次男らしい。
「苛めたんじゃないのか? 泣いていたぞ」
責めるようにケインと呼んだストーカー男を長男くんが睨む。
「何もしていない」
ストーカー男改め、ケインは首を横に振った。
「本当かい?」
長男くんはボクに聞く。
ボクは違う違うと首を横に振った。
「苛められたと言っているぞ」
長男くんは笑う。
「本当に何もしていない」
ケインは困った顔をした。
(いや、付きまとい行為も立派に犯罪で、ストーカーだから!!)
ボクは心の中で呟く。恨めしげにケインを睨んだ。
「まあ、嫌われているのは確かだな」
長男くんの言葉に、ケインは拗ねた顔をする。
「なんでお前らは良くて、わたしはダメなんだよ」
文句を言った。
「人徳の差じゃ無いか?」
優しそうな顔をして、長男くんはずばずば言う。
「そうだよな?」
ボクに問いかけた。
「にゃあ」
ボクは返事をして、長男くんに手を伸ばす。
「わたしの所にも来てくれるのかい?」
嬉しそうな顔をされた。
「にゃあにゃあ」
ボクは抱っこを求める。そっと長男くんは抱きかかえてくれた。
「本当に軽いんだな」
そんなことを言いながら、すりすりする。
「ずるくないか?」
ケインはとても不満な顔をした。
「ノワール? ここにいたのか」
そんな声が聞こえて、アルバートたちがやってくる。椅子に座っていないボクを探していたようだ。少し焦った顔をしている。
「ケインに苛められて、逃げてきたようだ」
長男くんが説明する。
「え?」
アルバートは戸惑った顔でケインを見た。
「違う。そんなことはしていない」
ケインは否定する。
だが、アルバートは取り合わなかった。というより、スルーする。
「ノワールが世話を掛けてすいません」
アルバートはラルフたちに謝った。ボクを受け取る。
ボクはアルバートの腕の中に移動した。
「いや、可愛い姿を堪能させて貰ったよ。こちらこそ、ありがとう」
長男くんが微笑む。
「おい、アルバート。わたしを無視するな。お前は本当に昔からわたしのことが嫌いだな」
ケインはやれやれという顔をした。
すごく怖い人に思えたが、グランドル家の兄とのやり取りやアルバートとのやり取りを見るとケインはそこまで悪い人でもない気がしてくる。ただし、チャラい。
だが、追い掛けてきたことは許していなかった。普通に嫌だし、怖かった。
「ルーベルトにちょっかい出したこと、まだ忘れていませんから」
アルバートは冷たい目をケインに向ける。どうやら、過去に何かあったらしい。ルーベルトを見ると、苦笑していた。それほど嫌な顔はしていないので、たいしたことでは無いのかもしれない。
「あれはちょっと可愛がっただけだろ。たいしたことなんてしていない」
ケインは否定した。
「……」
アルバートは無言でケインを睨む。
ケインは小さく肩を竦めた。
「とにかく、ノワールには近づかないでください」
アルバートは冷たく言う。
「そういうことだそうだから、諦めろ」
長男くんはポンとケインの肩に手を置いた。
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