12-4 いつもの日々。




 いろいろあった長期休暇が終わり、ボク達は学園に戻った。

 帰りも転移陣を使わせて貰ったので、ラクラクだ。他の生徒が来るより一足早く、寮に帰り着く。

 部屋に入ると、妙にほっとした。

 ボクはまっすぐ寝室に向かい、ぼふんとベッドにダイブする。


「にゃぁ~」


 足をじたばたした。

 帰ってきたという気がする。考えてみれば、ボクはロイエンタール家で暮らした時間より、寮で生活した時間の方がずっと長い。家だという感覚は寮の部屋の方がむしろあった。


(というか、生まれてからまだ1年も経っていないのか。ネコが人間よりずっと早く年を取ることを加味しても、濃すぎない? にゃん生が。いろいろあり過ぎだよ)


 どっと疲れを覚えた。


「にゃにゃにゃにゃ~」


 疲れた~と言わんばかりに鳴く。

 するとぼふんとベッドが軋んだ。隣に、アルバートが寝転ぶ。うつ伏したボクを仰向けで横たわったアルバートが見る。


「今回の休暇は疲れたね」


 そんなことを言いながら、ボクの頭を撫でた。優しい手が心地良い。ネコミミを掻くように擦られた。


「にゃにゃにゃ」


 そこそことボクは鳴く。気持ちいいので掻き掻きして欲しかった。

 アルバートはふっと笑って、頭を撫でたり顎の下を擦ったりする。


「うにゃあ~ん」


 ボクは鳴いた。

 アルバートに擦り寄り、その胸に顔を埋める。クンクンと匂いを嗅いだ。優しい匂いに安心する。

 アルバートの手がボクの身体を抱きしめた。背中を撫で下ろされ、ちょっとぞわぞわする。だが、悪くなかった。


「にゃあ、にゃあ」


 ボクが鳴くと、チュッとキスされる。最近、口にキスするのが普通になってしまった。触れるだけのキスで、それ以上の意味はない。でも、ルーベルトには渋い顔をされた。

 逆の立場なら自分もそうなると思うので、気持ちはわかる。でも、挨拶で普通にキスする兄弟に言われるのもなんか違うとボクは思った。ボクとアルバートもたいがいだが、アルバートとルーベルトだってたいがいだろう。


「2人とも、休むのは荷物を片付けてからにしてくれない?」


 ルーベルトが寝室を覗きに来た。ぐだぐたしているボクたちを見て、注意する。困った子を見る目でボクたちを見た。


「にゃあ」


 ボクは素直に返事をする。身を起こした。

 屋敷では何でもメイド達がやってくれるが、学園にはメイドを連れてこられない。荷物の片付けも自分でやらなければいけなかった。


「え~。少し休んでから」


 アルバートは珍しく駄々を捏ねる。

 だがそれは本気ではなかった。ただ、ルーベルトに甘えているだけだとわかる。

 ルーベルトもそれがわかっていて、アルバートの世話を焼いた。


「ダメダメ」


 アルバートの手を掴んで、引っ張る。強引に起こそうとした。

 仲良し兄弟がじゃれている姿に、ボクは微笑ましくなる。

 いつもの日常が戻ってきたと感じた。






 久しぶりに教室に入るのはちょっと緊張した。

 アルバートに抱っこされて入ると、ざわっとする。いつもとちょっと違った。


「にゃ?」


 ボクは首を傾げる。遠巻きに見られている気がした。だが、それが何故なのかわからない。しかしそれを気にしている時間はなかった。直ぐに授業が始まる。

 理由が判明したのは休み時間になってからだ。いつもお菓子をくれる子たちが、お菓子を手にやってくる。


「ノワールちゃん、お菓子食べる?」


 ボクはにゃあと返事した。

 貢物のように積まれたお菓子にほくほくしていると、彼女たちは何か言いたそうにそわそわする。


「にゃ?」


 ボクは首を傾げた。じっと女の子を見つめる。彼女は覚悟を決めたように口を開いた。


「その首輪、どうしたの?」


 問われる。

 言われて、ボクは首輪をつけていたことを思い出した。

 チリンチリンと煩い鈴が鳴らないようにしてから、すっかり首輪のことは意識から外れている。きつくない程度に伸縮するので、付けている感覚があまりなかった。

 だが全体的に色素が薄いボクの首にその赤い色はとても目立つらしい。目を引くようだ。


(これが気になるのか)


 ボクは自分の首輪に触れる。


「アルバートが所有している証として、着けることになったんですよ」


 ルーベルトがボクに代わって説明してくれた。咄嗟に出た嘘のわりに筋が通っている。そもそも首輪というのは飼い猫の証だったはずだ。本来の使い方として、合っている。


「にゃあ」


 ボクは同意するように鳴いた。


「まあ、そうなんですね」


 女の子は納得する。疑問が解けてスッキリした顔をした。遠くで聞き耳を立てている人たちも納得したようだ。そういう空気を感じる。

 首輪一つで大げさだと思ったが、赤い首輪はそうとう人目を引くらしい。


(わざとそうしてあるのかも)


 ふと、そう思った。力の制御を受けていることを、周りが見てすぐにわかるようにしてある気がする。


「とても似合っていて、可愛いです」


 女の子は褒めてくれた。にこっと笑う。


「にゃあ」


 ボクもにこっと笑った。ありがとうと礼を言うように鳴く。

 いつもの空気が教室に戻った。ようやく、日常が戻ってきたと感じる。今までと変わらぬ日々が続くとボクは暢気に思っていた。



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