12-5 赤。



 首輪のことを確認してすっきりしたのか、その後の教室ははいつもと何も変わらなかった。

 違うといえば、いつも以上に髪型を変えられる。もともとボクの髪型は何人かの女の子達が自分たちなりに可愛くなるようアレンジした作品だ。久しぶりだからなのか、休み時間のたびに誰かしらがボクの髪型を変える。休暇中、あんな髪型を試してみたい、こんな髪型を見てみたいと、いろいろ考えていたようだ。

 基本的に他の人がボクに触れるのをアルバートは嫌がるが、ボクが可愛くなるためなら話は別らしい。

 アルバートは女の子達がボクの髪型をアレンジすることには何も言わない。黙認していた。むしろ、ボクが可愛くなることに満足しているように見える。

 ボク自身はちょっと面倒くさくなっていたが、アルバートが楽しそうなのでよしとした。

 何度も髪型を変えられながら、女の子の可愛くなるための探究心は凄いなと感心してしまう。ボクが人間で、女の子だった時はそういうのは手を抜いていた。そんな自分を今頃反省する。


(もっと頑張るべきだったかもしれない)


 客観的に見て、可愛くなるために頑張る女の子はその努力がカワイイと思った。






 久々の授業は恙なく終わった。首輪がついていても、特に支障は無い。先生達が何か言いたげな顔で首輪をちらちら見てくるが、気にしなかった。

 放課後は呼び出されて、ロイドの教官室に向かう。

 スリッパの足音がパタパタ、パタパタと廊下のあちらでもこちらでも響いていた。学園に帰ってきた感じがする。


(人間だった時は学校なんて、たいして好きじゃなかったのに。ネコになってから学校に行きたいと思うようになるなんて不思議な話)


 アルバートに抱っこされたまま、ボクはふふっと笑った。


「どうかしたか?」


 気づいたアルバートに問われる。


「んにゃあ」


 ボクは首を横に振った。アルバートの首にしがみついて、すりすり甘える。家より学園の方が何故か開放的な気分になった。

 そんなボクにアルバートはメロメロになる。


「顔、緩みすぎ」


 アルバートの背中を、トンとルーベルトが軽く叩いた。へらへらしてはいけないらしい。上級貴族としての体面というものがあるようだ。


(人間って大変だな~)


 素でそう思うボクはだいぶネコが板についてきたのかもしれない。ネコに生まれて半年以上1年未満。意外と順応力の高い自分にちょっと驚いた。


(人型になれるのがでかいよな~。ネコになった不自由さを感じたのって、最初の2ヶ月くらいだもん)


 今のボクはだいぶいいとこ取りだ。人の便利なところとネコの自由気ままなところの両方の恩恵を受けている。


 ボクがそんなことを考えている間に教官室に着いた。

 ノックをすると、ドアが開く。内側からロックが外されたようだ。シュッと横に開く自動ドアは相変わらず違和感が半端ない。


「いらっしゃい」


 ソファを勧められて座った。ロイドとは休暇中も一緒にいたので、久しぶり感はゼロだ。でも学園にいるロイドはちゃんと先生っぽい。お茶とお菓子を出してくれた。


「にゃあにゃあ」


 いただきますと言ってお菓子を食べていたら、視線を感じる。みんなが見ていた。


(え? 何? 何?)


 ボクは戸惑う。


「んにゃ?」


 周りを見回した。


「首輪のこと、全く気にしていないんだね」


 ロイドが今さらなことを言う。何故今頃そんなことを言い出すのか、わからなかった。


「にゃ?」


 ボクは首を傾げる。


「普通は魔力制御って”気持ちが悪い”ものなんだよ。他人に無理矢理、魔力を管理されるわけだからね」


 説明されたが、ボクにはいまいち理解できなかった。違和感がほぼ無いんだから仕方ない。特にストレスもなかった。


「まあ、気にならないならそれはそれでいいと思うけどね」


 意味深な言い方をロイドはする。


「どういう意味です?」


 アルバートが尋ねた。


「みんながその首輪を気にする理由、知っていた?」


 ロイドは聞き返す。


「いいえ」


 アルバートは首を横に振った。


「わたしも噂を聞くまで忘れていたけど、赤って王女の色なんだよね」


 ロイドはため息を吐く。


「にゃあ?」


 ボクはちょこんと首を傾げた。全く話が見えない。


「王族には1人1人持ち色というのがあってね……」


 ロイドが説明してくれた。それによると、王族は生まれた時に担当カラーみたいな感じで色が決められるらしい。その色は自分の所有物などにも用いられる。一目で誰のものかわかるようにするためだ。王女の場合、それは赤だ。彼女の持ち物は赤で統一されている。


(んん? それってつまり……)


 心の中で呟くと、同じ内容をアルバートが口に出した。


「ノワールの首輪が赤いことが問題ですか?」


 ロイドに問いかける。


「別に赤い色を独占しているわけではないから、問題は無いんだけど。赤い首輪は王女の所有物という印象があるから、みんな気にしていたんだよ」


 ロイドは教えてくれた。どうやらその話をするために呼んだらしい。


「別に好き好んで、首輪をつけさせた訳では無いんですが」


 アルバートは渋い顔をする。仕方なくつけているもののせいで、ボクを王女に献上したと思われているのがとても不愉快らしい。


「まあ、普通であれば首輪が赤いくらい誰も気にしないんだけど。ノワールが王女と会ったことも、お気に入りになったことも知れわたっているからね。タイミングが合いすぎて、何の意味も無いことがまるで意味のあることのように見えてしまったのだろう」


 ロイドは解説する。


「……首輪の色って変えられないのですか?」


 アルバートは真顔で聞いた。相当、嫌らしい。


「難しいかな」


 ロイドは首を横に振った。


「それに首輪の色が変わったことに気づいたら、ミリアナ様は不機嫌になると思うよ」


 余計なことはしない方がいいと止められる。


「……」


 アルバートはなんとも微妙な顔をした。

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