12-6 新たな下僕。




 週末、ボクは王宮に居た。王女の部屋に招かれる。私室だというその部屋には確かに赤い色が多用されてあった。赤が王女の色だと聞いた今なら、納得出来る。だが、知らなければきっと驚いただろう。


(気が狂いそう)


 そう思ったのは、内緒だ。部屋なんて落ち着いた色合いが一番だと思う。壁全面が赤とかいう暴挙には出てないが、ポイントポイントに赤を使っているので、全体的にぎらぎらした印象がある。全く、くつろげる気がしなかった。

 ボクは気づかれない程度に小さく笑う。王子の色は青だと聞いた。この青バージョンの部屋で王子が生活しているのだと考えると、それはそれで気が滅入るのではないかと思った。


 部屋まで招かれたのはボク1人だ。連れてきてくれたアルバートとルーベルトは別室で待機することになる。独身女性の部屋に成人前とはいえ男性が入るのは憚れるので、当然の措置だろう。ボクはまだ子供なのでぎりぎりOKのようだ。

 待っている間、2人の相手は王子がしてくれることになる。自分から買って出てくれたと聞いた。カールの話でも聞きたいのかもしれないとボクは暢気に考える。だが、アルバートもルーベルトも緊張した顔になった。だだの付き添いだからと気楽な気分で来たので、当然だろう。

 年はほぼ同じはずだから、いっそ友達になってしまえばいいのにと思ったが、そういうことではないようだ。

 ボクが思っている以上に、貴族と王族の間には隔たりがあるらしい。

 王子の善意はかなりありがた迷惑なようだ。

 それがわかっても、ボクには何もしてあげられない。


(2人とも、ごめん)


 巻き込んだ自覚はあるので、心の中で謝った。






 王女の部屋でボクは沢山のお菓子を出された。王女の隣に座らされる。本日のミリアナは髪をきちっと結い、わりと清楚な装いだ。年相応のドレスを着ているが、ポイントに入っているのが赤なので、どこか主張が強い。だが自分の持ち色を入れないわけにはいかないのだろう。


(隣か……)


 座る位置が気になって、ボクはちらりとミリアナを見た。正直、隣より向かい合う方が気楽だ。でもたぶん、隣の方が可愛がっています感は出るのだろう。

 ボクの役目は王女がネコにメロメロで、人が変わったように優しくなったと周りに思わせることだ。もうミリアナが意地を張って悪い人を演じなくてもいいように。


(優しくするのにも気を遣わなければいけない王族って、面倒)


 心の中でぼやいた。

 ミリアナはたぶん、本当は優しい人なのだろう。だから他人に優しくするのは難しく無い。だが、性格が捻れたと思われている王女がただ優しくしても誰も信じないそうだ。何か裏があると勘ぐるらしい。だから、優しくなる理由が必要だそうだ。ネコにメロメロになったというのは適度な理由らしい。


(恋をして、人が変わったとかも個人的にはアリだと思うけどな)


 そう思ったが、やぶ蛇になりそうなので言うのは止めておく。


(余計なことはしない。言わない)


 そう自分に言い聞かせた。三猿を考えた人、頭がいいな~と変な事に感心する。見ざる、聞かざる、言わざるは世渡りの基本だ。


「どのお菓子が好き?」


 沢山のお菓子を指さしてミリアナに聞かれる。


「にゃあにゃあ」


 マドレーヌ系のお菓子を指さした。バームクーヘンとかフィナンシェとかそういうのをよく食べる。

 でも本当は前世で食べたショートケーキとかモンブランとかミルクレープみたいなものが食べたかった。だがそういうクリーム系を使ったお菓子はこの世界ではほぼ見かけない。冷蔵庫がないから、常温で保存が出来るものしか作らないのだろう。

 わかっていても、残念だ。今なら、いくらでも食べられるのに。胃袋的にも体型的にも。


「これね」


 ミリアナはにこっと笑った。自らの手で皿に取る。


「はい、あーん」


 口を開けろと促した。


「あ~」


 ボクは口を開ける。食べさせて貰った。


(うまっ)


 思わず、目を見開く。口の中に優しい甘さが広がった。さすが王宮の料理人だと感心する。

 ん~っと身体を震わせた。美味しいものを食べると身体が震えるのはネコだからかもしれない。


「にゃあ、にゃあ」


 美味しいと言葉にして訴えた。ただ鳴いただけだが、伝わっているだろう。


「そんなに美味しかったの?」


 ミリアナが楽しそうに笑った。


「では、土産として用意させましょうね」


 そんなことを言うと、早速侍女を呼ぶ。土産として用意するように命じた。


「にゃあ」


 普通に嬉しい。

 ボクは喜んだ。ネコミミがぴくびく動くのが自分でもわかる。ネコミミは言葉以上に感情に正直だ。


「可愛い子ね」


 ミリアナはボクの頭を撫でる。

 それが演技なのか本音なのか、間近で見ているボクにもよくわからなかった。それは近くで控えている侍女や側近も同じらしい。ボクにメロメロなミリアナにみんな目を丸くしている。


(そうそう。本当は優しい人なのだと気づいてあげて)


 ボクは心の中で頼んだ。

 その後もボクは甘えまくる。ボクのわがままをミリアナは笑いながら聞いてくれた。たいしたわがままは言っていないが、それでも全部叶えてくれる。

 この日、ボクの下僕が1人増えた。

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