12-7 記憶。




 ミリアナとボクは仲良くなった。週末は度々、呼び出される。王族の呼び出しなので基本的に断わることは出来なかった。

 ボクはすっかり、王女のお気に入りとして有名になる。

 ただでさえ目立つのに、さらに悪目立ちしたいのかとロイドにはお小言を言われたが、ボクにメロメロなミリアナは最近、優しくなったと評判がいい。

 当初の目的通りなので、後悔はなかった。


 ただ、呼び出される度にボクを王宮まで連れていくのはアルバートたちだ。迷惑をかけるのは悪いなと思う。だがアルバート達はアルバート達でいつの間にか王子と親交を深めていた。王子には同じ年頃の友達がいないらしい。今までも何人か宛がわれたらしいが、王子は気に入らなかったようだ。側に置かなかったとミリアナが教えてくれる。

 どうやら、アルバートとルーベルトとは気が合うらしい。


「あの子が気に入るなんて、珍しい」


 ミリアナはそんな言い方をした。何か含みがある言い方に不安が募る。王子に何かしら問題があるようなニュアンスに聞こえた。


「にゃう?」


 ボクは首を傾げる。何か問題があるのか問うた。だが、そんな質問がネコの鳴き声で伝わる訳がない。

 ボクが遊びに行くようになってから、ミリアナの部屋には小さく切ったメモ紙用の紙とペンが常時、テーブルの上に置かれるようになった。話したいことが出来たら、その紙を使うように言われている。

 ボクはペンを手に取った。

 王子に何か問題があるのか、筆談で尋ねる。


「ずいぶん、直接的な質問ね」


 ミリアナは苦く笑った。


「それを姉であるわたしに聞くの?」


 小首を傾げてボクを見る。例え問題があっても、あると王族が認めるはずがない。--その眼差しはそう語っているように見えた。

 だって、ミリアナはボクに嘘を吐かない--と、ボクは紙に書く。

 それを呼んだミリアナは目を瞠った。


「わたし、ずいぶんと信頼されているのね」


 予想外だという顔をする。


「意地悪で、捻くれた王女なのに」


 自嘲した。


(いや、本当に意地悪で捻くれた女は、自分でそんなこと言わないから)


 ボクは心の中で突っ込む。


「にゃあ」


 ボクは愛らしく鳴いた。そんなことないよ--と、言いたげに。


(それに、人間はおネコ様の下僕だもん。ミリアナがボクに嘘を吐く理由がないしね)


 心の中では本音を呟いた。


「可愛い子ね」


 わりと単純なミリアナは喜ぶ。ボクを全く疑わないのが、ある意味、心配だ。ボクはそんなにいい人では無い。

 ミリアナはボクの頭をわしゃわしゃかき回した。


「んにゃあ」


 髪型が乱れるのを嫌がって、ボクは逃げる。歯をむき出しにして唸った。さすがにシャーッは言わないけれど、その一歩手前くらいには牙を向く。


「ああ、ごめんね」


 叱られて、ミリアナは謝った。


「いい子だから機嫌を直して」


 甘えた声を出し、ボクを宥める。


 そんな主の様子を見ても、最近は側近も驚かなくなった。

 ミリアナは実はいい子ですよ計画は順調に進んでいるらしい。ボクを可愛がるようになってから、王女の性格が丸くなったという噂はボクの耳にも届いていた。

 ただ、ちょっと厄介なこともある。ボクが何かしらの魔法を使っているのではないかと王族から疑われた。しかし皮肉なことに、その疑いは首輪のおかげですぐに晴れた。魔力制限を受けているのだから、そんな高等魔法が使えるはずがない。

 ある意味、首輪は役に立っていた。


(そもそも、優しくなるのはいいことでしょ? その理由なんて何でもよくない?)


 ボクはそう思うが、体面とかプライドを気にする人々は違うらしい。


(ネコの獣人にメロメロなのはプライド的に問題が無いことも不思議)


 ボク的にはいろいろ疑問だが深くは追求しないことにいた。






 いつも通りたくさん用意されたお菓子を食べ、眠くなったボクにミリアナは膝を貸してくれた。

 王女の膝枕なんて贅沢だが、遠慮なくボクは甘える。

 だって、ネコだから。おネコ様はなんでも許される治外法権生物だ。

 ごろんと横になり王女の膝に頭を乗せると、優しい手が髪を梳くように撫でてくる。それが心地よかった。


「うにゃあーん」


 欠伸をして、うとうとする。


「そういえば、ロイドは元気ですか?」


 ふと、ミリアナは思い出したように尋ねた。

 仲良くなったボクにミリアナは心を許したらしい。何かにつけ、ロイドの様子を聞いてくるようになった。


(これはあれかな。恋バナってやつかな?)


 そう考えたらゾクッと寒気がした。


(王女様の恋バナなんて重過ぎる。マジで勘弁して)


 ぶるっと身体が震える。


「にゃあ……」


 その話はしたくないとばかりに、弱々しく鳴いた。

 嫌なのは伝わったらしい。


「なんでロイドの話題はいつも嫌がるの?」


 ミリアナは不思議そうな顔をした。


(そんなのロイドとの仲を仲介したなんて思われて、恨まれるのが嫌だからです)


 そう言いたいが、言わない方がいいこともあることをボクは知っている。はっきりさせた方が面倒なことは世の中にはあった。


(だって一応まだ、ロイドのことを好きだとかなんとか決定的な言葉は聞いていない。今ならまだ、知らない顔も出来る)


 ボクは他人の恋に巻き込まれたくない。凄く、嫌な感じがした。気分が悪くなる。


(だって、あの時も……)


 そう考えて、はたと気づいた。


(あの時って、いつのこと?)


 自分が何を思い出したのか、自分でもよくわからない。他人の恋に巻き込まれたことなんて、生後1年も経たない子猫のボクにはもちろんなかった。そんなにニャン生経験を積んでいない。


(だとすれば、これは……)


 思い当たることが一つだけあった。この嫌な感覚はもしかしたら前世から引き継いでいるものかもしれない。


(そういえば、この前気分が悪くなったのも、カールと王子の関係を邪推したときだった……)


 あの時も、巻き込まれたくないと考えた気がした。他人の恋に巻き込まれることに、身体が拒絶反応が示したのかもしれない。


(前世で何があったのだろう?)


 ボクは首を捻った。そもそも、前世の自分のことをボクはあまり思い出せていない。


(人間で女の子だったのは確かだ。学校を卒業して、社会人になって……)


 そこから先があやふやだ。自分がどのように死んだのかも覚えていない。


(前世の記憶に何かあるのかな?)


 胸の奥がもやもやした。


「にゃあ……」


 ボクはため息を吐く。


「ごめんなさい。ロイドの話をしたくないなら、別にいいのよ」


 下僕の王女様はボクに甘い。


「にゃあにゃあ」


 ボクは甘えた声を出し、誤魔化す。ミリアナをメロメロにした。

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