12-8 前世(1)




 その日の夜、いつものようにボクはアルバートと一緒に寝た。

 眠りに就くまで、アルバートは抱きしめたボクの背中をよしよしと撫でてくれる。王女の所に通うようになってから、アルバートのスキンシップは増した。

 ボクが王女と仲良しなのが、本当は気に入らないらしい。だが、相手は王族だ。ボクを連れて遊びに来いと呼ばれれば、断れない。

 それがアルバートの中ではちょっとしたジレンマになっているようだ。王宮に遊びに行った後はボクを抱っこして離さないことが多い。お風呂も当然一緒で、まるで王女の匂いを消すかのように、身体を隅々まで洗われた。


(心配しなくても、一番好きなのはアルバートなのに)


 魂の一部が繋がっているというのに、それ以上の何をアルバートは求めるのだろう。これ以上ない結びつきがあるのに、アルバートが不安に思う理由がよくわからなかった。

 だがボクはアルバートが満足するまでスキンシップに付き合う。一緒に寝るときも自分から抱きついた。

 甘えれば、アルバートは安心する。


 その日はいつも以上に密着して眠りに就いた。アルバートはぎゅっとボクを抱きしめる。

 そしてその日、ボクは夢を見た。




 それは前世の夢だった。

 社会人になった前世のボクは一人暮らししていた。その部屋にいるボクを今のボクが眺めている。

 その部屋にはもう一人、女性がいた。綺麗な人だ。

 前世のわたしはそこそこ可愛かったが、彼女と並べば明らかに見劣りする。


(この人、知っている)


 ボクは思い出した。そしてこの光景が、あの日のことだと気づく。

 部屋の中、前世のボクと彼女は小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。


 彼女はボクが付き合っていた恋人の元カノだ。

 二人ともボクの高校の先輩で、当時から二人は付き合っていた。美男美女のカップルとして有名だった。たぶん、二人のことは学校の大半の生徒は知っていただろう。ただし、二人はたいして目立つことのない女子高生だったボクのことは知らないはずだ。二人とボクは特に接点もない。

 女子高生だったボクは、彼に憧れていた。淡い恋をしていたと言ってもいいかもしれない。だが二人はボクから見てもお似合いだ。二人の邪魔をしようとか、彼女に成り代わって付き合いたいとか、考えたことはない。二人は同じ大学に進学が決まっていた。そのまま付き合いは続いて最終的には結婚するのだろうと、勝手に思う。

 実際、社会人になっても二人の付き合いは続いていたようだ。週に何度か、手伝いに行っていた叔父がやっているバーで仲睦まじい二人の姿を見かける。

 ボクは遠くから見るだけで、声を掛けたことは一度もなかった。こちらは知っているが、彼らはボクが後輩だなんて知らないだろう。彼らとは学年が二つ離れていたので、同じ学校に通ったのは1年だけだ。


 そのまま何も無ければ、ボクの人生はもっと穏やかなものだったろう。

 だがある日、ボクは彼らが別れたことを知ってしまった。別れた理由なんて知らないが、自棄になった彼が酔いつぶれているのをバーで見つける。

 その時、声を掛けたことに下心がなかったと言えば嘘になるだろう。放っておけなかった気持ち以上に、もしかしたらという気持ちがあった。

 実際、その時に彼と関係を持ってしまった。責任を取るような形で、彼と付き合うことになる。だが、ボクには後ろめたい気持ちがあった。償うように、尽くしてしまう。一方的に世話をしてしまい、彼に愛されている自信はいまいちなかった。自分が都合のいい女になっている気がして、葛藤する。

 それでも、それなりに上手くやっていた。2年が経つ頃には指輪を貰ったりして、結婚も意識する。

 だがその矢先、元カノが彼に助けを求めてきた。

 彼女は別によりを戻したかったわけではない。純粋に困って、助けを求めてきただけだ。そしてそんな元カノを彼は放っておけなかった。

 彼らの付き合いは長い。

 高校、大学、社会人と10年近くは付き合ったはずだ。まだ2年しか付き合いのないボクより、彼女との時間の方がずっと長く、濃い。

 それに、責任を取って付き合ったボクより、本当に好きだった彼女の方が大切だったのだろう。

 自分より彼女を優先するのを見て、前世のボクはキレた。彼氏の行動に納得出来なくて、別れを決める。

 弱っていた所につけ込んだ後ろめたさは、2年付き合ってもボクの中で消えなかった。これ以上、自分を騙して付き合うのは無理だとも思う。

 黙って指輪と合い鍵を返して、連絡を絶った。


 スマホを解約して、新しいのに変える。それだけで彼からの連絡を断つのは十分だった。彼が知るボクの連絡先は、スマホしかない。彼はボクの職場もアパートも知らなかった。彼の家に行くのはいつもボクだったし、付き合って一月経つ頃には半同棲状態になっていた。デートで家まで迎えに来てくれたことも家に彼を呼んだことも無い。仕事の話は彼から聞かれたことがないので話した事もなかった。

 彼は基本、ボクに興味がなかったのだろう。連絡を絶ってから、その事に気づいた。

 いろいろと情けなくなったが、涙さえ出ない。恋愛事でぐるぐるすることにボクはもう疲れていた。


 これで高校時代から引きずっていた恋心にようやく終止符が打てたと思ったのに、彼の元カノが訪ねてきた。

 家を知っていることに驚く。

 彼女はボクが高校の後輩であることに気づいていた。そして、彼の代わりに後輩の伝を使って探したという。


 正直、迷惑だった。ようやく踏ん切りをつけたのに、放っておいて欲しい。家に訪ねてこられては玄関先で追い返すわけにも行かない。渋々、家に上げた。


 結末を知っている今にして思えば、それが間違いだったのかもしけない。

 その時点で、死へのカウントダウンは始まっていた。

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