4-3 貢ぎ物 1


 アルバートは教官のロイドに呼ばれた。休み時間に教官室に足を運ぶことになる。


 ロイドは評判のいい教官だ。貴族としては爵位の低い男爵の三男だがその魔力の強さとセンスで学園に職を得る。実力はあるのに偉ぶらないところが生徒達には人気だ。だが何故かノワールはロイドのことをとても警戒している。

 理由を聞いても、猫の勘としか答えない。無理に仲良くさせる必要もないので、アルバートは放置していた。


 ロイドに呼ばれているから教官室に行くかと聞いたら、予想通り断わられる。

 長い時間ではないから一人で置いておいても大丈夫だろうと、教室に残すことにした。

 人目の多いところにおいておいた方が安心だろう。誰かが見ていてくれる。

 教室の中にはいまのところ、ノワールに悪意を持つものはいないようだ。

 それがわかっているから、ルーベルトも残らずに自分に付いてくる。二人で教官室に向かった。


「ノワールの側にいてくれた方が安心なんだが」


 恨みがましくルーベルトを見る。


「私の役目はアルバートを守ることだよ」


 ルーベルトは微笑む。

 血をわけた兄弟だが、ルーベルトに公爵家を継ぐ権利はない。その代わり、次の当主を守る役目が与えられていた。それを律儀にルーベルトは遂行している。


「守ってもらうつもりなんてない」


 ぼそっと呟いた。

 聞こえているはずなのに、ルーベルトは聞こえないふりをする。

 そのことに関しては話し合っても無駄だ。

 自分とルーベルトがわかりあえないことをアルバートは知っている。


 ノックをして教官室に入ると、ロイドが待っていた。


「あれ? ノワールは一緒じゃないのかい?」


 残念な顔をする。


「ええ。少しの間なので、教室に置いてきました」


 アルバートは答えた。

 ノワールがロイドを嫌っているから連れてこられなかったなんて、本当のことを言うつもりはない。


「そうか。残念」


 ロイドはため息をついた。


「それで、用件はなんですか? ロイド先生」


 アルバートは聞く。


「ノワールにおもちゃを用意したんだ」


 ロイドはうきうきと袋を取り出した。


「え?」


 アルバートは首を傾げる。


「どうもノワールには嫌われている気がするから、仲良くしてもらおうと思って、貢ぎ物を用意したんだよ」


 そう言うと、ロイドは袋からねこじゃらしなどを取り出した。それはどれも猫用のおもちゃだ。


「ノワールは確かに猫科ですが、獣人です。そういうおもちゃでは遊びませんよ」


 アルバートはやんわりとお断りした。


「いや、猫だろう? 普通の白い猫だ。オッド・アイはとても珍しいけれど。きっと、とても良く見える目を持っているのだろうね」


 ロイドは淡々と語る。

 あまりに普通のトーンでいうので、アルバートは一瞬、反応に困った。

 内心の動揺を顔に出さないのが精一杯だ。

 ルーベルトの手がそっとアルバートの背中に触れる。

 動揺がすっとおさまった。

 自分が何をするべきなのか、思い出す。


「何を言っているのか、わかりません」


 アルバートは答えた。


「なるほど」


 ロイドはただ頷く。


「ロイエンタール家の坊ちゃんは噂よりしっかりしているね。立派な兄がいて、支えてくれているようだ」


 柔らかく微笑んだ。

 だが、目が笑っていないようにアルバートには見える。


(ノワールの勘は正しかった)


 危険な相手だと、アルバートは緊張した。


「そんなに警戒しなくても大丈夫。私は敵ではないよ」


 ロイドは囁く。


「とりあえず、座らないか? 立ったままするような話ではないだろう」


 椅子を指し示した。

 アルバートはルーベルトを見る。


「長い話になりますか?」


 ルーベルトは聞いた。


「まさか」


 ロイドは首を横に振る。


「長い話なら、授業と授業の合間の休み時間になんて呼んだりしないよ。もちろん、次の授業が始まる前に教室に戻れるよ」


 その言葉に、嘘は感じられなかった。

 アルバートとルーベルトは椅子に座る。


「さて、何から話そう」


 ロイドは少し考えた。

 アルバートとルーベルトを見て、にこりと笑う。


「私にはいろいろ特技があってね。その一つが擬態を見破る事が出来るっていうものなんだ。だから、ノワールが猫であることは一目でわかった。真っ白い、とても綺麗な猫だ」


 うっとりした顔で呟いた。


「だから、私がノワールの正体を知っているのは不思議ではないし、そのことについてそれほど警戒する必要はない。このことを私は誰にも話すつもりはないからね。ただ、教官として聞いておこうと思ったんだよ。ノワールを使い魔としてではなく従者としてこの学園に連れてきた理由を。何かあるから、詐称なんてしているのだろう?」


 ロイドは真っ直ぐにアルバートを見た。

 嘘をつけない威圧感をアルバートは感じる。嘘を吐けば見抜かれてしまうと思った。


「話せば、見逃してくれますか?」


 ルーベルトが尋ねる。


「内容によるね」


 ロイドは当然のことを言った。


「ノワールが魔法を学びたがったからです」


 ルーベルトは答える。


「ルーベルト」


 アルバートは咎めるように兄を見た。


「隠す必要のない話だ。真実を打ち明けて協力が得られるなら、その方がいい。ノワールのことは可愛く思っているが、私にとって一番大切なのはアルバートだ。ノワールのことでアルバートが不利益を被るなら、ノワールを切り捨てるよ」


 ルーベルトは冷たく言う。


「そんなことを言って、切り捨てたら後悔するくせに。そういうことをして平気でいられる人間ではないことは知っている」


 アルバートはルーベルトを見た。

 ルーベルトは小さく笑う。


「理由はただ、それだけです。それ以上の事は何もありません」


 言い切った。


「使い魔が人間の魔法を覚えたがったというのかい? 面白いね」


 ロイドは楽しそうな顔をする。


「実際、ノワールは自分で変身魔法を使いこなしている」


 アルバートは答えた。


「あれは自分の魔法なのかい?」


 それはさすがに予想外だったようで、ロイドは驚いた顔をする。


「面白い。実に面白いね」


 興奮したように両手の拳を握りしめた。



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