4-2 紛れる
目立たないよう、大人しくしている生活が続いた。
最初の頃は鬱陶しいくらい視線を感じたが、数日するとそれも納まる。ある意味、慣れたらしい。
周囲のボクへの対応はわかやすく二分した。
がんがん話し掛けてくる連中と、遠巻きにして寄ってこない連中。
話し掛けられるのも面倒と言えば面倒だが、遠巻きに眺めている連中は何を恐れているのか気になる。
(人畜無害な猫ですよ~)
心の中ではアピールするが、仲良くしたいと思っている訳でもないので、基本的には放っておく。
そもそも、周りはボクがしゃべれる事に気づいていなかった。
黙っていたら、しゃべれないのだと誤解される。
常にアルバートやルーベルトと一緒にいるので、誰ともしゃべらなくても事足りた。
アルバートやルーベルトと相談した結果、必要な時までしゃべれないふりをすることに決まる。
全てにゃあにゃあで押し通せるので、それはそれで楽だ。
だがたまには1人になるタイミングもある。
「教官室に行くけど、ノワールはどうする?」
休み時間が始まる時、アルバートに聞かれた。教官に呼ばれているらしい。一緒に行くか残るか問われる。
呼んでいるという教官は初日に苦手だと感じたロイドだ。何かされた訳でもないのだが、なんとなく側に寄りたくない。そういう猫の勘をとりあえず信じることにした。
ふるふる。
首を横に振る。行かないと示した。
「そうか。では直ぐに戻るから、ここで待っていなさい」
アルバートは優しく頭を撫でた。
「にゃあ」
了解と返事をする。
ルーベルトはアルバートと一緒に行った。2人とも呼ばれているのか、アルバートに付き添ったのかは知らない。だがボクとアルバートが二手に分かれる時、ルーベルトは必ずアルバートの方に行く。ルーベルトの優先順位はボクよりアルバートだ。
そのことに不満はない。むしろ、芯が通っていてブレないところに好感を感じていた。
いってらっしゃいと手を振って、2人を見送る。
待っている間、暇つぶしに教科書を読むことにした。授業が始まって一月は、ほぼ座学で実習はないらしい。魔法の基本をこの一月でたたき込むようだ。
他の人にはわかりきっていることかもしれないが、ちゃんとした基礎を習っていないボクには意外と初めて知ることが多い。
案外面白くて、座学は嫌いではなかった。
何より、座学の授業は大人しく座っているだけだから人に紛れるのが容易い。
目立たないよう、じっとしていた。
(科学ってそれほど得意じゃなかったけど、これが魔法に繋がると思うとやる気が出るね。原理がわかっている方が成功率が上がるというのも面白い)
ウキウキしていると、隣にメリッサが座った。
(えっ? 何?)
ボクは警戒する。
ちなみにメリッサは初日に挨拶に来た女の子集団のリーダー的な子だ。
がんがん話し掛けてくる連中の一人でもある。
「ねえ、ノワール。アルバート様とルーベルト様っていつも一緒にいらっしゃるけど、昔からそうなの?」
質問された。
「にゃあ」
何を聞かれても答えは『にゃあ』なのだが、この場合のにゃあは知らないという意味だ。ボクが公爵家に来てからまだ一月ほどだ。その前のことなんて知らない。
「そうなの」
メリッサは理解したような顔をする。
(えっ? 通じているの?)
内心、驚いた。
「昔から仲良しなのね」
そう続ける。
まったく、通じていなかった。勝手に自分に都合良く解釈しただけらしい。
(……まあ、いいか)
困らないので、そのまま流すことにした。
「恋人とかはいないの?」
メリッサはさらに質問する。
にゃあしか返さない相手にする質問ではないと思うが、にゃあとしか返ってこないことわかっているから、質問するのかもしれない。
たぶん、真実なんて彼女は求めていないのだろう。
「にゃあ(ブラコンだからいないんじゃない?)」
ボクは適当に返事をした。本当の事は知らない。恋人の存在を感じたことはないが、貴族だから婚約者くらいはいるかもしれない。
「良かった。どんなタイプの子が好みなのかしら?」
成立しているとは思えない会話を、メリッサは強引に成立させてくる。強者だと思った。
(この子、面白い)
嫌いになれない。
その後もいろいろ聞いてくるメリッサににゃあにゃあ適当に答えた。
彼女の質問への答えはだいたい、「ブラコンだからね!」--になるのだが、まったく伝わっていない。
(落としたいのはアルバートだろうけど、その前にルーベルトという乗り越えなければならない壁が巨大だから、いろいろ無理じゃないかな)
そう思うが、乙女モードで爆走している彼女はちょっと微笑ましい。
(頑張るのは自由だよね)
味方をするつもりはないが、邪魔はしないであげようと思った。
そんなことを考えていたら、すっと彼女はいなくなる。
アルバートとルーベルトが戻ってきた。
なんだか微妙な顔をしている。
「ただいま。大人しくしていたか?」
アルバートに頭を撫でられる。
「にゃあ」
返事をした。思いがけず、メリッサとたくさん話をした(?)のだが、そんな複雑なことはにゃあの一言では伝えられない。
後で話そうと思っていると、アルバートが袋を持っていることに気づいた。その袋からねこじゃらし的なものがはみ出ている。
(何の呼び出しだったのだろう?)
不思議に思った。
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