閑話: 休日。(ルーベルト視点)
実技の講習が始まって、魔法の使い方が身についてきたことをルーベルトは実感していた。同じ魔力でも、威力が違う。
ロイドのアドバイスは的確だ。本を読んだだけではわからなかったことを教えてくれる。
今までも、ルーベルトは魔法が使えていた。この国に生れたら、魔法は生活の一部だ。火を起こしたり水を出したり、平民でも使えないと生活に困る。だが貴族であるルーベルトやアルバートはそういう生活魔法の類いはほぼ使わない。自分で身の回りのことをする必要がないからだ。そういうのは執事かメイドの仕事で、貴族が自分でやるべき事ではない。だから案外、貴族の中には生活魔法が使えない者がいた。だがそれでは万が一の場合に困る。だから学園では生活魔法を日常的に使用するよう、使用人の同行を禁じていた。生徒達に自分の事は自分でさせる。またそれは、魔法を使うという経験値も積むことでもあった。
だから生徒達も積極的に生活魔法を使う。それはアルバートも同様だ。アルバートの場合は、自分の事だけでなくノワールの世話も焼いている。常日頃、2人分の生活魔法を使っていた。おかげで、経験値をどんどん積み重ねている。もっとも、本人はそのことに関して無自覚だ。魔法を扱いやすくなっているだろうが、それは授業で習ったからだと思っているところがある。
ルーベルトはあえてそれを訂正しなかった。事実を知ったら、ノワールが煩いだろう。ノワールは自分が経験値を積むチャンスを逃しているとこにまだ気付いていない。知ったら悔しがるだろう。ノワールは何故か、早く一人前になりたがっていた。しかしノワールの魔力は異質だ。経験を積んで魔力の扱いが上手くなったら、今以上に手に負えなくなるだろう。
それがわかっているので、教官のロイドもルーベルトも何も言わない。あえて経験値は積ませないことにしていた。
そのノワールは本日、猫になる日だ。休日なので、猫の姿で寛いでいる。
朝食はいつものように、アルバートがノワールを甘やかしまくって、食べさせていた。自分の手から食事を貰うノワールが可愛くて仕方が無いのはわかるが、毎回、ノワールは面倒くさそうな顔をしている。それでもアルバートに付き合うのは、主だと思っているからだろう。
そういうところがノワールは案外、律儀だ。人の姿の時はわりと気を遣っている。
食事を終えたノワールは猫になった。アルバートは猫のノワールを膝に乗せる。しばらく柔らかな毛並みを撫でていた。その内、こてんとひっくり返す。仰向けにして、お腹を撫でた。それが気持ちいいのか、ノワールはぐでんと四肢を伸ばす。アルバートはそのまま腹を撫で続けていた。ノワールは寝てしまう。野生が欠片も感じられない寝姿を晒した。アルバートはご満悦で、その安心しきった姿ににやけている。
ノワールがやってきてから、アルバートはメロメロだ。もともとは甘えただったが、庇護する対象を得て甘やかしたい衝動が暴走していた。傍から見ていてもけっこうウザいので、ノワールは何気にいろいろ我慢しているだろう。そしてその我慢で貯めたストレスは猫の姿の時に発散しているようだ。
猫の時のノワールは本当に勝手気ままに振る舞っている。気を遣うことはしないと決めているようだ。人間はみんな下僕だと思っているような態度を取る。
実際、子猫のノワールを一目見た人間はみな下僕と化した。
人の姿になっている時間が長いからなのかなんなのか、猫のノワールは成長しなかった。ずっと愛らしい子猫のままの姿を保っている。
そんなノワールの子猫の姿を見たがる生徒は多いが、猫の時のノワールは基本、つれない。他人が来るとどこかに隠れて、出てこなかった。猫の姿では菓子はもらえないと知っているので、人の姿になっている時のような愛想は振らない。逆に言えば、人の姿の時に愛想がいいのは、お菓子をくれるからだ。菓子をくれる相手にだけ甘えるので、なんともわかりやすい。
そんなことを考えていると、部屋の中なのに風が吹いてきた。心地の良い風が頬を撫でる。
アルバートもそれに気付いた。
風が発生している場所を見る。
そこには妖精がいた。
あの実技場の時の、ノワールとの繋がりの魔法はもう解けている。本来なら、ルーベルトに妖精は見えないはずだ。だが、加護を受けたからなのかルーベルトにはその姿が見えている。
「何かいるのか?」
アルバートは尋ねた。風を感じるが、妖精は見えないらしい。
「あの時の妖精が来ている」
ルーベルトは答えた。
「にゃ」
同意するように、ノワールが鳴く。さっきまでだらしない格好で寝ていたのに、いつの間にか起きていた。アルバートの膝の上で伏している。
「何かありましたか?」
ルーベルトは妖精に声を掛けた。
妖精はルーベルトを見る。来いと呼ばれた気がして、近づいた。
妖精はどこにしまっていたのか、袋を取り出す。それはルーベルトがノワールのために用意していた菓子袋だ。
中は入っていた菓子は無くなっている。っている。
「もしかして、お菓子をもらいに来たのですか?」
問いかけると、うんと妖精は頷いた。喋ってもらえないのか、こちらが声を聞き取ることが出来ないのか、理由は定かではないが妖精の声はルーベルトには聞こえない。
だが、意思の疎通はなんとなく図れた。
ルーベルトはちらりとノワールを見る。ノワールは興味がないという顔をしていた。菓子をもらいに来ただけなら、自分は関係ないと思ったのかもしれない。
「ふにゃあ……」
欠伸をもらして、アルバートの膝の上で丸くなった。
そんなノワールに妖精は寄っていく。興味津々だ。手を伸ばして、触れようとする。
「シャーッ」
ノワールは威嚇した。
「!!」
妖精は酷く驚く。慌てて、上空に逃げた。
「今、ノワールが威嚇した相手って、もしかして……」
アルバートは上の方を見る。姿は見えないが、風は感じる事が出来た。何かがそこにいるのはなんとなくわかる。
「妖精が触ろうとして拒絶されていた」
ルーベルトは答えた。
妖精は言うなという顔をする。恥ずかしいようだ。
それを可愛いとルーベルトは思う。
小さい頃から、ルーベルトは妖精が出てくる話を沢山読んだ。妖精というものに興味を持つ。一度でいいから、会ってみたいと思った。
だからノワールに興味を持ったという妖精が現われた時、とても興奮する。ノワールと視覚を共有して、その姿を見た時には感動もした。
だが、彼らはルーベルトが想像していた感じとは少し違う。神聖なものというよりはずいぶんと親しみやすい気がした。
お菓子を欲しがり、そのためにあっさり加護をくれる。ノワールがなんて言って説得したのかはよくわからないが、ノリが軽い。
「大丈夫ですか?」
ルーベルトは問いかけた。
「猫の時のノワールはだいぶ横柄です。うかつに近づくと危険です」
注意を促す。
実際に傷つけるつもりなんてないのだろうが、万が一ということもあった。危険であることは知っておいて欲しい。猫の爪はなかなかの凶器だ。
そんな親切に気を良くしたのか、妖精はルーベルトを見る。
(お前はいいやつだな)
そんな声が心に直接、聞こえた。
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