6-9 妖精の加護





 実技の授業で魔法を習ったら、今より自由自在に魔法が使えるようになるのだとボクは思っていた。

 しかし実際には逆だ。あれもダメ、これもダメとロイドに制約される。

 ロイドはボクの隣に、視線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。つきっきりで、側から離れない。

 ボクが魔法を使うのを監視していた。


「アルバートやルーベルトは放っておいていいの?」


 ボクは聞く。

 二人はロイドから受けたアドバイスを実践で試していた。二人とも、魔法の威力が上がっている。無駄に消費されていた魔力が効率よく活用されているように見えた。

 ルーベルトが風魔法を使うので、妖精達はルーベルトの周りでその様子を見ている。まだボクと繋がっているルーベルトは妖精達が見えていた。

 応援(?)されて張り切っている。

 その姿はどこか微笑ましかった。


「彼らは暴走しないからね。ノワールを一人で放置する方がよほど危険だろう?」


 ロイドは真顔で言う。


「……解せぬ」


 ボクは頬を膨らませた。


「下僕のくせに生意気」


 ふんっとそっぽを向く。


「下僕だから、主の心配をするんだよ」


 ロイドはボクの頬を指でつんつん突いた。非常にうざい。


「シャーッ」


 ボクは威嚇した。指を噛むふりをする。

 ロイドはぱっと手を引っ込めた。だが、その顔はにやにや笑っている。全く反省はしていなかった。


「魔法を操るにはもちろんセンスも必要だ。だが、経験だってものをいう。制御を間違えれば、使った力は自分に返ってくるんだ。その時、ノワールの小さな身体ではその負荷に耐えられない」


 真面目な顔で語るので、それは本当なのだろう。だがそれでは、身体が小さな内は高度な魔法は使えないということになる。


「身体が成長すればいいの? でもこの身体は魔法で作ったものだから、成長するかどうかもわからないのに」


 ボクは不満な顔でロイドを見た。あと2年経ったって、そもそもたいして大きくはならないだろう。

 8歳くらいが10歳くらいになるだけだ。


「身体の成長は、この際、おいておこう。だが、経験値は積めるだろ?」


 諭された。


「そもそも、ノワールの場合は複合魔法とか高度な魔法を使わず、がんがん力押しでいけばたいていのことは事足りる」


 真顔で言い切られる。


「そうなの?」


 ボクは首を傾げた。自分の魔力が弱いとは思っていない。だが、どのくらいかはよくわからなかった。


「そうだよ」


 ロイドは頷く。


「妖精が興味を持って、見に来るくらい。今まで、何十年もここを実技場として使用してきたけど、妖精が現われたのは初めてだ」


 ちらりとルーベルトの近くでふわふわ浮いている子達を見た。


「あれはノワールを見に出て来たんだろう?」


 ロイドは確認する。


「うん。そう言っていたよ」


 ボクは頷いた。否定するか肯定するか迷ったが、嘘は吐かない事にする。ただ、詳細を口にするつもりはなかった。


「あの子はただの妖精じゃない。おそらく大精霊だよ」


 ロイドは呟く。


「小さいのに?」


 思わず、突っ込んでしまった。大精霊と言われると、勝手におじいさんみたいな感じの人間サイズを連想してしまう。イメージが合わなかった。


「そういうことじゃない」


 ロイドは苦く笑う。


「わかっているよ」


 ボクは頷いた。


「あの子は人の言葉を理解し、意思の疎通が図れるのだろう? そういう妖精を大精霊と呼ぶんだ。あの子は恐らく風の大精霊だろう」


 ロイドの説明に、ボクは考える顔をする。

 よくわからないが、凄いのは伝わってきた。


「何を企んでいるんだ?」


 ロイドは聞く。なんだか疑われていた。


「企むなんて、人聞きが悪い」


 ボクは拗ねる。


「こんなに可愛い猫が、何か企んだりするわけないでしょ?」


 にこっと笑った。一番可愛い角度でロイドを上目遣いに見る。鏡の前で何度も確認した笑顔を実践投入した。

 ロイドがきゅんとする。

 可愛いのはボクの武器の一つだ。その武器を磨くことを常日頃から忘れていない。鏡の前で可愛い顔を練習するのは、もはや日課だ。


「その言葉、びっくりするくらい説得力がないよ」


 ロイドは笑う。


「でもノワールはそんなところも可愛い」


 目を細めて、うっとりされた。

 ボクは身の危険を感じて、ロイドの顔を手で押しやる。


「教官にこれは酷いんじゃない?」


 文句を言いつつ、ロイドは押したボクの手を舌を伸ばしてぺろっと舐めた。

 ボクは慌てて、手を引っ込める。


「……どっちが」


 冷たい目をロイドに向けた。

 ロイドはまったく気にしない。


「そろそろ、学園に戻ろうか?」


 何事もなかったように涼しい顔で、立ち上がった。


「アルバート、ルーベルト。そろそろ帰るよ」


 二人に声を掛ける。


「はい」


 返事をした二人はこちらに来た。

 妖精達はルーペへルトに付いてくる。


「あなたたちはどうするの?」


 ボクは妖精に聞いた。


「一緒に来る?」


 問いかける。


(いや……)


 妖精は断わった。

 人間が嫌いなら、当然の返事だろう。


「残念。美味しいお菓子もあるのに」


 ボクは肩を竦めた。


(お菓子?)


 好奇心旺盛な妖精は食いついてくる。


「ルーベルト、お菓子ちょうだい」


 ボクは強請った。

 ルーベルトはボク用のお菓子の袋を持っている。いつでも、お腹が空いたら食べられるようになっていた。それは身体を維持するために必要な事でもある。


「はいはい」


 ルーベルトは空間魔法で袋を取り出した。どこから何でも取り出せるのでとても便利だ。


「どうぞ」


 ボクにくれる。それをそのままボクは妖精に上げた。

 妖精はお菓子を手に困惑している。逡巡もしていた。しかし甘い匂いの誘惑には勝てなかったらしい。

 周りに居た子がお菓子にかぶりついた。

 美味しかったらしく、意外とがっついている。


「美味しい?」


 ボクは問いかけた。

 その様子を見ていたロイドが呆れた顔をする。


「お菓子で懐柔するつもりなのか?」


 苦く笑った。


(ああ)


 妖精の返事は心に直接来る。


(王都に行けばもっといろんな種類のお菓子があるよ)


 ボクはもう一度、誘った。


(王都は行かない。だが、加護は与えよう)


 そう言った。


「どういう意味?」


 ボクは首を傾げる。


(加護を与えた人間のところには自由自在に現われる事が出来る)


 妖精は説明した。

 つまり、用がある時にはいつでも現われるということらしい。


「そういうことなら、加護はルーベルトに」


 ボクは頼んだ。


「ボクは人間ではないから」


 そう言うと、妖精は納得する。

 ルーベルトに近づいた。


「ノワール?」


 ルーベルトは不安な顔をする。


「加護をくれるんだって」


 ボクが説明すると、ルーベルトは目を瞠った。

 そんなルーへルトの額に妖精はキスをする。ルーベルトの額に文字が光るのが見えた。それは直ぐに消える。


「見えた?」


 ロイドに聞いた。


「ああ。初めて見た」


 ロイドは感動している。

 妖精は人間が嫌いだから、滅多に姿を現さないと言っていたことをボクは思い出した。


「はい。みんなでどうぞ」


 ボクはアルバートからお菓子の袋を貰って、袋ごと妖精に渡した。三人で袋を持っているが、重そうに見える。

 よろよろしているのが可愛かった。


「お菓子が無くなったら、もらいに来ればいいよ」


 ボクは笑う。


(そうする)


 妖精は意外と軽いノリで頷いた。


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