6-8 授業




 ロイドは他の生徒と同様にアルバート達の実力を確認した。

 一人ずつ、最大限の力を見せてもらう。

 アルバートは火属性の魔法が一番得意なようだ。大きな火柱を上げる。まだ実技の授業を受ける前の生徒としては、十分過ぎる実力を持っていた。正直、教える事はたいしてないだろう。

 続くルーベルトも同様だ。風魔法を見せたのは、アルバートの援護を想定しているからかもしれない。

 単純に魔力だけなら、ルーベルトの方が強いようだ。

 2人とも四大貴族に相応しい実力を持っている。ロイエンタール家はしばらく安泰だろう。

 ルーベルトの風魔法を見て、妖精達はざわざわしていた。興味を持ったように見える。妖精達はおそらく、風の精霊だろう。風属性を得意とするルーベルトを自分の庇護する対象と思ってくれる可能性がある。


(ノワールの思惑通り、ルーベルトに力を貸してくれるかもしれないな)


 そんな予感があった。

 そして最後に、ノワールが自分の力を見せる。


 足を肩幅に広げ、踏ん張るように立つ姿は愛らしかった。思わず、ロイドは口元を緩めそうになる。授業中だと、自分を叱咤した。

 ノワールは両手を上に上げる。大きく広げた。


「にゃにゃっ」


 無意識らしい声を上げる。どうやら、気合いを入れたようだ。

 ゆらっ。

 ノワールの手の少し上の空間が揺らめく。それが水の揺らめきであることにロイドは気付いた。

 その範囲が半端ない。

 巨大な水の塊が出現しようとしていた。それはみるみる体積を増していく。


(まずいっ)


 反射的にそう思った。

 大量の水は被害を起こす。


「ストップ!!」


 ノワールに声を掛けた。

 ノワールの身体はびくっと震える。集中が途切れた。

 ふよふよと浮かんでいた水の塊がその瞬間、重力に捕らわれる。浮力を失い、一気に落ちた。

 ザザッ。

 下にいたノワールに降り注ぐ。


「ひゃっ」


 ノワールは声を上げた。そのまま、膝を折る。水の重さに耐えられなかったようだ。


「ノワール!!」


 アルバートが駆け寄ろうとする。


「ちょっと待て」


 それをロイドは腕で制した。

 大量の水が一気に降り注いだ草原は大変な事になっている。ぬかるみ、近づけそうになかった。

 ロイドは降り注いだ水を蒸発させる。

 パチリと指を鳴らした。

 ノワールが出した水は一瞬で気化する。

 濡れたノワールの身体も髪も乾いた。

 アルバートはノワールを抱き上げる。無事を確認し、きつく抱きしめた。

 そのノワールの顔はこちらを向いている。

 ぷくっと頬を膨らませた。


「先生、酷い」


 怒る。


(可愛いな、おいっ)


 思わず、突っ込みたくなった。だが、可愛さににやにやしている場合ではない。ノワールには聞かなければいけないことがあった。何をするつもりだったのか、尋ねる。

 ノワールはきょとんとしていた。何故、そんなことを聞かれるのかわからないらしい。自分が被害を与える寸前だったことには気付いていないようだ。

 最大限の力を見せろと言われたからそうしただけなのだと反論する。

 確かにロイドはそう言った。だが普通は、常識的な範囲で加減するだろう。

 そう思うのはロイドだけではないようで、ルーベルトも同じようなことを言った。ノワールを叱る。

 ルーベルトに叱られたノワールは反省していた。

 状況を察したらしい。相変わらず、理解が早かった。自分がやり過ぎたことに気付く。


「にゃっ」


 可愛く鳴いて、誤魔化そうとした。その顔はあざといほど可愛い。

 だが、そんなことで誤魔化される訳がなかった。

 ロイドはため息を吐く。


「何故、水魔法を選んだ?」


 ノワールに聞いた。

 ノワールには得て不得手はない。属性を選ばないオールラウンダーだ。他の属性の魔法も使える。他の魔法なら危険はもっと少なかっただろう。水を出したから、大事になるところだった。風や火と違い、水は液体としてモノが残る。


「アルバートが火で、ルーベルトがそれを促進する風なら、ボクはその火を消す水を使える方がいいと思ったから」


 ノワールは説明した。3人のバランスを考えたらしい。

 思ったよりちゃんとした理由があって、驚いた。


「せっかくつけた火を消すのか?」


 ロイドは意地悪な聞き方をする。

 じとっとノワールはロイドを睨んだ。

 ロイドは涼しい顔でそれを受け流す。むしろ、恨めしげな顔も愛らしくて、萌えた。耳は相変わらずぴくぴくとよく動いている。


「全てを灰にしてしまったら、困るでしょう?」


 ノワールは当たり前のように言った。


「……まあ、確かに」


 ロイドは頷く。そんな理由で?と思わないでもなかった。だがきっと本当にそんな理由なのだろう。ノワールには案外、裏がない。


「それより、授業をお願いします」


 ノワールは強請るように言った。やる気満々な顔をしている。


「必要か?」


 ロイドは首を傾げた。すでにたいていのことは出来ている。習う必要がどこにあるとロイドは思った。


「……」


 ノワールはムッとする。


「必要です。職務怠慢です」


 ロイドを責めた。


「感覚で使っている魔法を、ちゃんと使えるようになりたいんです。教えてください」


 強請る。


(感覚でそのくらい使えるなら、問題ないだろう)


 ロイドはそう思ったが、確かに職務怠慢な気はする。


「それじゃあ、一応講義しよう」


 苦く笑った。


「一応じゃなくて、ちゃんと」


 ノワールは納得しない。


「真面目だな」


 ロイドは頷いた。






 そうして一通り、他の生徒達に教えたことを3人にも教えた。

 アルバートとルーベルトは黙って、習った事をやってみる。魔力の使い方の効率が少し良くなったようだ。同じ力でも威力が増しているのが見える。

 小さな違いだが、元々の実力があるものにはその小さな違いが案外大きい。

 よしよしとロイドは頷いた。優秀な生徒に満足な顔をする。

 だが、問題はノワールだ。

 ノワールも習ったことを試している。だがこちらは素直に習った事だけやっている訳ではなかった。思いつきで、複合魔法なんてものをやり出す。水を出すのではなく、それを冷やして氷にしようとしていた。

 両手の間を少し開け、その空間に氷を作り出そうとしている。出現させるものの質量は制限しているようだが、そういう問題ではない。本人は全く無自覚で使っているが、それは3年生で学ぶレベルの魔法だ。

 3年生の時に教えるのには、それなりの理由がある。複合魔法は制御が難しいので、ある程度実践を積んでからしかさせられなかった。


「ノワール」


 ロイドは小さなその手を握った。強制的に、魔法の発動を止める。

 ノワールは邪魔されて、ムッとした。

 だが、ロイドの顔を見て何かに気付いたらしい。


「にゃ?」


 叱られる空気を察し、可愛らしく鳴いた。小さく首を傾げる。

 左右の色が違う宝石みたいな瞳に見つめられると、それがわざとだとわかっていても絆されてしまいそうになった。


「叱られそうな自覚があるなら、無断でいろいろ試すんじゃない」


 ロイドは叱った。


「ちっ」


 ノワールは舌打ちする。


「他に人もいないし、ちょうどいいかと思って」


 言い訳した。


「ちょうどよくはない」


 首を横に振る。


「複合魔法は三年生で習う魔法だ。あと2年は禁止だ」


 止められ、ノワールはショックを受けた顔をした。


「2年も……」


 不満な顔をする。


「その小さな身体で、魔力が制御できなくて暴走したらどうする。アルバートやルーベルトを傷つけたいのか?」


 ロイドは尋ねた。

 ふるふるとノワールは首を横に振る。


「わかった。もうしない」


 約束した。しゅんと凹んだ様子を見せる。それか可愛くて、ロイドはノワールの顔を撫でた。きゅんきゅんする。


「先生」


 見咎めたアルバートが声を掛けた。ロイドはすっと手を引く。


「お触りは禁止です」


 アルバートは怒った。ノワールが水を被った件から、アルバートのロイドへの対応は少し冷たい。


「すまない」


 いろんな意味でロイドは謝った。

 

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