6-7 実技





 アルバートとルーベルトとボクは他の生徒達がいなくなった草原に戻った。アルバートと手を繋いで歩く。アルバートは抱っこしたがったが、ボクは嫌がった。たまには自分で歩きたい。抱っこされで運ばれるのがマストになりすぎて、その内、自分の足で歩くことを忘れそうで怖かった。

 ロイドが先頭を歩き、その後をボクたちは追い掛ける。


(誰もいない)


 広い草原には人の姿がなかった。ちょっとした寂しさを覚える。だが、そんなことを気にしていたのは一瞬だ。


(いなくて良かったかも)


 そう思い直す。

 クラスメイトはまだ、ボクがしゃべれることを知らない。しゃべらずにすむ限り、ボクは口を噤んでいるつもりでいた。いろいろ聞かれるのが面倒くさい。にゃあにゃあ鳴くだけで全てすんでしまう今はとても暮らしやすかった。


 ロイドは草原の真ん中辺りで足を止めた。ボクたちを振り返る。

 ボクはちらりと後ろを見た。妖精達がついてきている。透明な羽根をぱたぱた動かしていた。


(トンボにしか見えない)


 さすがに口に出すのは躊躇われて、心の中で呟く。


(トンボってなんだ?)


 質問が心の中に直接、返ってきた。

 心の声も届くことを、ボクは思い出す。

 思わず、ロイドを見た。彼にも聞こえているのか確認する。

 ロイドは急に自分を見たボクをただ不思議そうに見ていた。どうやら、ロイドには声は届いていないらしい。

 妖精がボクにだけ話し掛けているのだろう。

 妖精は人間が嫌いだとロイドが言っていたのを思い出す。ボクは人間でないから、いいのかもしれない。


(羽根がある生物)


 ボクは心の中で答えた。さすがに虫だとは言えない。妖精も気を悪くするだろう。


(そうか)


 妖精は納得したようだ。


「ねえ、あなたの名前は?」


 ふと、ボクは聞いた。今さらだが、名前さえ聞いていないことを思い出す。

 その瞬間、妖精は目に見えて警戒した。空気がぴりりと張り詰める。


(え? なんで?)


 訳がわからなくて、戸惑った。


「ノワール」


 険しい顔でロイドがこちらを見る。


「妖精に名前を尋ねてはいけないよ」


 やんわりと叱られた。


「どうして?」


 ボクは首を傾げる。


「名前はその身を縛るものだから」


 ロイドは説明する。

 言霊とかそういうものの話だと、ボクは理解した。そういえば大昔、本当の名前は両親以外には教えなかったと聞いたことがある。名前を知られると、相手に支配されるらしい。だから本当の名前は忌むべき名前で諱と呼ばれていたはずだ。


「わかった。ごめんね」


 ボクは謝る。

 妖精は知らなかったのなら仕方ないという顔をしていた。意外と心が広いらしい。


「さて、それでは今できる最大の魔法を見せてもらおうか」


 ロイドが授業を始める。


「誰から?」


 ボクは聞いた。


「誰からでもいいよ」


 ロイドは答える。


「じゃあ、アルバートから」


 ルーベルトが譲るように言った。


「わかった」


 アルバートは頷いた。みんなから少し離れて、魔法を繰り出す。

 大きな火柱が上がった。

 アルバートは火属性の魔法が得意なのかもしれない。


「思ったより、凄いな」


 ロイドが感嘆する。

 アルバートが褒められて、ボクは嬉しかった。気分がいい。

 ルーベルトもにこにこしていた。

 次はルーベルトがアルバートと入れ替わる。十分な距離をボクたちから取った。そして、風を巻き起こす。台風のように風が渦を巻くのが見えた。


(アルバートが火で、ルーベルトが風か。なんて相性のいい)


 2人で組めば最強だろうと思った。それなら、自分は水だなと考える。

 妖精達が何かざわざわしていた。


「?」


 不思議に思うが、問いかける前に自分の番が来る。

 ボクはみんなから離れた。


(最大級の力で、水を……)


 考えながら、両手を上に上げる。


(出てこい、水っ)


 心の中で呼んだ。


「ストップ!!」


 突然、ロイドの声が響く。


「え?」


 びっくりしたボクの集中は途切れた。

 その瞬間、呼び出していた水がざざっと上から降ってくる。


「ひゃっ」


 ボクは声を上げた。ゲリラ豪雨なみの水を被る。打ち付ける水が痛かった。水の力に耐えられず、膝をつく。


「ノワールっ!!」


 アルバートの心配そうな声が聞こえた。

 ボクはぶるぶると頭を振る。


「ちょっと待て」


 響いたロイドの声はアルバートを止めるものだった。駆け寄ろうとしたのを、ロイドの腕が制する。


 パチンっ。


 ロイドは指を鳴らした。

 水浸しだった一面が一瞬で乾く。水を蒸発させたらしい。

 アルバートが駆け寄り、ボクを抱き上げた。


「大丈夫か?」


 ぎゅっと抱きしめられる。


「だ、大丈夫」


 ボクは答えた。水が上から降ってきたのにびっくりしたが、そこまで害はなかった。

 だが、途中で声を掛けたロイドの事は恨めしげに見る。


「先生、酷い」


 口を尖らせた。


「いや、あれはノワールが悪い。何をするつもりだった?」


 ロイドは厳しい顔をする。


「何のこと?」


 ボクは首を傾げた。ロイドが何を言っているのか、意味がわからない。


「自分が出来る最大級の魔法を見せろって言ったのは先生でしょ?」


 ボクは反論した。


「……」


 ロイドはなんとも微妙な顔をする。


「ノワール。物には限度がある」


 ルーベルトに言われた。とても呆れた顔をされる。

 なんとなく、状況をボクは察した。どうやらやり過ぎたらしい。

 そういえば、自分が出した水の量をボクは見ていなかった。最大限の力を見せようとしか考えていなかったことを思い出す。

 途中で止めてあの水の量なら、最後までやりきったら大変な事になっていたかもしれない。


(あぶなっ)


 今さら、怖くなった。

 ボクをただ心配しているだけのアルバートと違って、ロイドやルーベルトの視線が痛い。


(ボクが悪いの?)


 なんだか腑に落ちない。だが、責められても仕方ない気持ちもなくはなかった。


「にゃ?」


 ボクは可愛らしさで誤魔化そうとする。猫耳をぴくぴく動かして、愛らしさを振りまいた。


「誤魔化せていないよ」


 ルーベルトは苦く笑う。

 それでも、ボクは笑うしかなかった。


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