6-6 妖精2(ロイド視点)




 今年の新入生は優秀だ。例年より、レベルが高い。

 座学でもそれは感じたが、実技でもそれは同様だった。みんなそれなりに出来ている。誤った魔法の使い方をする生徒はいなかった。


 生徒達に魔法を使わせ、ロイドはそのレベルを判定しながら感心する。教える前に、本人のレベルを確認するのは重要なことだ。身の丈に合わない魔法は本人を害する。制御できない力はたいていの場合、術者を傷つけた。

 そうならないために、学園では魔法の使い方を教える。この学園に多くの貴族が入学を希望するのは、それが理由だ。同じ魔力でも、使い方を知っているのと知らないのでは、使える力に大きな差が出る。

 だから基本的に、学園に来る生徒は有能だ。それなりに実力を認められているからここにいる。

 だが、今年の新入生が優秀なのにはわけがあった。

 それはアルバートの従者として共に授業を受けているノワールの存在が大きい。

 ノワールは優秀だ。見た目の可愛さに油断すると、痛い目に合う。

 そのノワールより劣るというのは貴族のプライドが許さないのだろう。実際にはノワールが優秀すぎて追いついていないが、それでも恥ずかしい成績を取る生徒はほとんどいなかった。

 実技もそれは同様らしい。きちんと予習してきたのが窺えた。ノワールに憐れむような目を向けられたくなかったに違いない。


(ここにノワールがいなかったのは、ある意味、幸いかもしれないな)


 ロイドはそう思う。

 ノワールはたぶん、ここにいるどの生徒よりも魔力が強い。そしてそれを上手に扱うセンスを持っていた。ノワールの実力を見たら、生徒たちは少なからず凹むかもしれない。そんなことにならなくて良かったと思う。


ノワールたちは今、妖精絡みで隔離していた。離れたところに待機させていたが、森の方へ移動していくのが見えた。気になったが、声はかけない。とりあえず、危険なことはないだろう。


 ロイドは授業の方に集中した。一人一人に合わせて、効率の良い魔力の扱い方を教える。もともとどの生徒も優秀なので、コツを教えれば魔法の使い方が格段に上手くなった。


「先生、出来ました!!」


 嬉しそうな声がそこかしこで上がる。ロイドを呼んで、見てもらおうとした。

 そんな生徒たちがロイドも可愛い。

 教官として、充実した時間を過ごした。

 予定していた内容は早めに終わる。さらに先に進もうかどうしようか、ロイドは少し考えた。だが、あまりノワールたちを放置しておくのもよくない気がする。


「じゃあ、少し早いけど今日の授業はここまでにしようか?」


 生徒たちを見回した。反対の声は上がらない。だが、ノワールたちを気にする声はあった。


「ノワールちゃんたちは何をしているんですか?」


 女生徒の一人がロイドに尋ねる。普段、ノワールにお菓子をあげたりしている生徒のようだ。彼女から甘いお菓子のにおいがする。ノワールのためにいつも菓子を持っているのだろう。

 諸事情で、三人が一緒に授業が受けられないことは生徒たちに伝えてあった。だが逆に、それしか教えていない。


「ちょっとしたハプニングがあったんだ。大丈夫、危険なことではないよ」


 ロイドは穏やかに微笑む。


「君たちは先に学園に戻っていなさい」


 そう言うと、ゲートの鍵を開けた。

 躊躇う生徒たちを強引に、学園へと帰す。不満な顔をしながらも、生徒たちは帰っていった。自分たちがいても足手まといなことはわかっているのかもしれない。

 生徒を全員帰した後、ロイドは一旦、ゲートを閉めた。鍵をかけ、勝手に使えないようにする。

 それから、森に入ったノワールたちを探しに行った。






 見つけた時、ノワールは妖精と遊んでいた。

 水の球を妖精とぶつけ合っている。


(なんの遊びだ?)


 ロイドは困惑する。

 だが、ノワールは楽しそうだ。きゃっきゃっとかわいらしい声を上げている。

 猫の身軽さは人の姿をしていても健在で、小さな体でぴょぴょんと跳ね回っている。

 あまりに愛らしいので、しばらくその様子を眺めていた。

 すると、遊びがエスカレートする。ノワールは負けず嫌いのようだ。

 小さな水の球を沢山作って投げるのが面倒になったようで、大きな水の球を作って投げる。妖精は避けたが間に合わなかった。

 球は割れ、妖精は頭から水を被る。

 さすがにまずいと思った。妖精を怒らせたら、跡が恐い。


「これはどういう現状?」


 ノワールたちに声をかけた。


「遊んでいただけ~」


 ノワールは答える。勝ったから、ご機嫌だ。頭の猫耳がぴくぴく動いている。


「……そうは見えない」


 ロイドは苦笑した。


「どう見ても怒っているよね?」


 妖精を見る。ずぶ濡れのそこは不機嫌な顔で仁王立ち状態で浮いていた。ノワールに怒っている。


「せっかく仲良くなるチャンスを上げたのに」


 ロイドはがっくりと肩を落とした。妖精と仲良くなれるチャンスなんて滅多にない。そのチャンスをノワールは棒に振っていた。


「仲良くなるといいことがあるの?」


 ノワールは不思議そうに聞いた。その顔も可愛い。思わず、頭を撫でたくなった。


「契約してくれることがある」


 ロイドは教える。


「うーん」


 ノワールは唸った。


「使い魔が妖精と契約するのは可笑しくない?」


 首を傾げる。

 そう言われるとそうだなとロイドも思う。ふだん、獣人の姿だから忘れていたが、ノワールの本体はただの猫だ。


「それに、ボクは冒険者でも勇者でもない。妖精と契約する必要性を感じないよ」


 ノワールは本気でそう思っている顔をしていた。


「いや、力は持っていた方が何かと便利だろう?」


 ロイドも本音で答える。力はないよりあった方が便利だ。いろいろと役立つ。


「ううーん。過ぎた力は身を滅ぼすだけな気がする」


 ノワールは苦く笑った。必要ではないと、首を横に振る。だが、ただそれだけで終わらないのがノワールだ。


「だから、契約するならルーベルトがいいと思う」


 そう続ける。

 ルーベルトを見た。

 突然、話題に出た自分の名前にルーベルトは驚いた顔をする。


「濡れた身体、ルーベルトに拭いて貰うといいよ」


 妖精にノワールは話しかけた。


「掴んでいい?」


 問いかける。妖精は返事をしないが、逃げもしない。

 そっとノワールは両手で包み込むようにして、妖精を捕まえた。

 ルーベルトに渡す。

 ルーベルトは大切そうに受け取った。その身体を優しく拭いてあげる。なれはなんとも甲斐甲斐しかった。

 妖精はそんなルーベルトに満足な顔をしている。気に入ったように見えた。


「何故、手を繋いでいないのに見えているんだ?」


 ロイドは気になっていたことを尋ねた。ノワールと手を繋いでいないのに、ルーベルト達には妖精が見えている。そのことを疑問に思った。


「繋がりの魔法をかけた」


 ノワールは手の平を見せる。白く可愛らしい掌には魔法陣があった。それはロイドが与えたものではない。


「そんな魔法、いつ覚えたの?」


 困惑した。それは上級者レベルの高度なものだ。ノワールだけでなく、アルバート達にもまだ使えない。


「あの子が教えてくれた」


 ノワールは妖精を見る。妖精はルーベルトの膝の上で我が物顔でふんぞり返っていた。とても偉そうにしている。実際、偉いのだろうと思った。普通の妖精は魔法陣なんて知らない。


「……いろいろ想定外だな」


 ロイドは呟く。ノワールを見た。

 ノワールはきょとんとしている。ことの重大さに気付いていないようだ。ルーベルトの膝の上にいる妖精はたぶんただの妖精ではない。

 だが事実を知っても、ノワールはたいして気にしないだろう。


「まあ、いい。このまま、補講をしよう」


 そう言うと、ノワールの猫耳が嬉しそうにピンと立つ。ノワールがきらきらとした目でこちらを見た。



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