6-5 妖精(ロイド視点)





 今日は新入生が初めて実技を習う日だ。ゲートを通って、ロイドは生徒達を遠く離れた実技場に連れて行く。

 王都で魔法の練習をさせるのは危険だ。うっかり使い方を誤り、周りを巻き込んだら大変な事になる。家が密集して人口が多い王都では、被害も大きくなるみとが予想された。

 そのため、国の外れの人がいない平原に実技のための場所を学園は確保していた。学園とその平原はゲートで繋がれている。教師が同行する場合のみ、ゲートの使用がが許された。

 初めてゲートをくぐる生徒達はちょっとざわついている。噂には聞いていても、実際に通るのは初めてだろう。興奮するのも無理はなかった。一歩踏み出したら別の場所に繋がっているなんて魔法、この世界でも相当に珍しい。

 生徒達がきゃっきゃっしている声が向こうから聞こえた。

 そんな中、アルバートに抱っこされたノワールは妙に落ち着いている。

 本日のノワールも可愛らしい格好をしていた。

 髪は頭の上の方で左右に二つに分けて結ばれている。リボンの色は緑と青で、瞳とは逆の配置になっていた。


(うん。今日も人形のように可愛いな)


 ロイドは心の中で感嘆する。

 頭の猫耳がぴくぴくと動いていなければ、とても生きているとは思えなかった。アルバートに抱っこされて、じっとしている。

 今日の実技をかなり楽しみにしているようだが、見た目ではそれが伝わってこなかった。ノワールは整いすぎた顔のせいで、表情が普通より乏しく見える。意識的に笑みを浮かべない限り、その表情はどこか冷たく感じられた。

 本人が思っている以上に、その感情は伝わって来ない。


(だがそこが可愛い)


 ロイドはそう思っていた。

 本当はずっとノワールの相手をしたいところだが、教官のロイドにそんな暇はない。授業中はノワールも生徒の一人に過ぎなかった。

 アルバートたちを見送った後、ロイドは他の生徒たちがゲートをくぐって実技場に向かうのを見送る。

 自分は最後にゲートを通った。ゲートが勝手に使われないように鍵を掛ける。

 生徒達はある程度散らばっていた。初めての場所を、みんな思い思いに確認している。


「集まってくれ」


 ロイドは生徒達を呼んだ。散らばっていた生徒がロイドの所に集まる。その中にはもちろん、アルバート達の姿もあった。

 ロイドは何気なく、そちらを見る。

 アルバートの周り--正確には、ノワールの周り--を妖精が飛んでいた。ふわふわ浮かんでいる。


「!!」


 ロイドはひどく驚いた。

 実技場の敷地内には森がある。その森には妖精が住んでいるという噂があった。妖精は基本、人を好まない。そのため、人がいないところに住んでいる事が多かった。実技場の周りには民家がないので、妖精がいる可能性はある。だが今まで、妖精と遭遇したことはなかった。

 住んでいるとしても、生徒達がいる時には出てこない。

 人が嫌いなのだから、大勢の人間が居る場所に姿を現すはずがない。

 ロイドもあえて探そうとはしなかった。隠れているのを無理に探し出しても、いいことなんてないだろう。

 その妖精が、あっさり姿を現している。

 ノワールに興味津々なようだ。


(確かに、人ではないな)


 ロイドは心の中で呟く。人が嫌いでも、猫は嫌いではないのかもしれない。

 妖精にはノワールが何に見えているのか、ロイドは少し気になった。


 そんなことを考えながら、ちらりと周囲の生徒達を見る。彼らは妖精を見て、驚いている様子がなかった。おそらく、見えていないのだろう。

 妖精はあえて人に姿を見せようとしない限り、人の目には映らない。そういう特性があった。

 ロイドの目は特別なので、普通の人間には見えない物が見える。だから、妖精の姿も見えていた。

 おそらく、ノワールにも見えているだろう。あの子の目も特別だ。


 ロイドはこちらにやって来るアルバート達を見ながら、どうするか考えていた。妖精を連れているノワールを普通に授業に混ぜる訳にはいかない。何か起こってからでは遅い。その前に手は打つべきだろう。

 ロイドはどう理由をつけて、ノワール達を隔離するか考えた。

 それがまとまる前に、強風が起こった。

 風が一陣、通り過ぎていく。


「きゃあ」


 女生徒が悲鳴を上げた。捲れ上がるスカートを押さえている。

 ロイドは他の生徒にこの場で待機するように伝えた。ノワールの所に急ぐ。


「アルバート、ノワールを連れてこちらへ」


 他の生徒達の所に合流しようとするのを止めて、引き離した。生徒達から隔離する。

 声を掛けたのはアルバートだけだが、ルーベルトもついてきた。


「ノワール、それはどうした?」


 生徒達に声がきこえないところまで来て、ノワールに尋ねた。

 ノワールはそれだけで、ロイドにも妖精が見えていることを察する。


(相変わらず、察しのいい子だ)


 ロイドは心の中で感心した。


「知らない。勝手に寄ってきた」


 ノワールは答える。それは嘘には見えなかった。

 ロイドは妖精を見る。

 妖精は3人いた。その内の一人が怒っている。仁王立ちして、腕を組んでいた。姿形は小さいが人間に似ている。だが、背中に透明な羽根が生えていた。その羽根が2枚の子と4枚の子がいる。

 怒っている子の羽根は4枚だ。他の2人は2枚なので、恐らく、怒っている子の方が位は高いだろう。


「そうか。話は後で聞く。とりあえず、怒っている子をなんとかしてくれ」


 ロイドは頼んだ。妖精を怒らすなんて、不味い。

 ノワールは不満な顔をしながらも、納得した。授業は個別に補講するから、今は出なくていいと言うと、口を尖らせて拗ねる。


(うん。そういう顔も可愛い)


 ロイドは満足するが、そういう場合ではないのはわかっていた。

 ノワール以外に妖精が見えないのは不都合が出そうなので、アルバートとルーベルトにも見えるようにする。ノワールの視界を共有できるように、魔法を与えることにした。

 ノワールの手を取り、両方の手の甲にキスをする。本当はそんなことしなくてもいいのだが、どうせなら触れたかった。

 ノワールは見透かすような目でロイドを見る。だが、何も言わなかった。キスする必要なんてないことに気付きながら、見逃してくれるらしい。


(そういう所もイイネ)


 ロイドは小さく笑う。

 他の生徒達を振り返った。彼らはロイドが来るのを待っている。


「それじゃあ、また後で」


 ロイドはそう言うと、生徒達が集まっている場所に戻った。




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