閑話: 白い子猫(アルバート視点)




 休日、ノワールはほぼ一日を猫の姿で過ごす。


(やはり、本来の自分の姿でいる方が楽なのだろうか?)


 そんなことを思いながら、アルバートは白い子猫の様子を眺めていた。子猫はアルバートの膝の上で寝ている。優しく毛並みを撫でた。ノワールの毛は柔らかい。短毛種だがふわふわしていた。

 基本的に、子猫はよく寝ている。最初は丸まって寝ていたが、最近の寝姿はだいぶだらしなかった。お腹を天井に向けて仰向けにしてやると、身体をだらんと伸ばして四肢を投げ出す。警戒心がまるでなかった。

 だがその安心しきった寝姿が、アルバートには堪らない。


(可愛すぎる)


 ふるふると身体を震わせた。

 そもそも、ノワールは何をしていても可愛い。人の姿の時も可愛らしかった。甘えてくるのも、ぎゅっと抱きついてくるのも愛しくてならない。母性ならぬ父性にアルバートは目覚めていた。

 この子を守るためになら世界なんて滅んでしまっても構わないなんて、過激なことを考えたりもする。


 子猫の時のノワールはさらに凶悪なくらいに可愛いかった。

 身体は小さく、頭が丸く大きい。子猫特有のフォルムをしていた。

 初めて見るおもちゃを手でつんつんと突いて確かめるのも可愛いし、ぬいぐるみを抱え込んで足で蹴り蹴りやっているのも愛らしい。右に左に振られるおもちゃを目で追い掛けている姿も良かった。そわそわと反応してシッポが揺れるのもとにかく可愛い。どのノワールも愛らしすぎた。


「ノワールが可愛すぎて辛い」


 思わずそう呟くと、ルーベルトがこちらを見る。だが何も言わず、無視された。聞こえなかったふりをすることにしたらしい。

 最近、ルーベルトにこんな対応をされることが増えてきた気がする。ノワール関係に関しては、取り合わないと決めたようだ。親バカ過ぎて呆れられている。

 自分でも自覚はあるので、文句は言わなかった。


「食べてしまいたい」


 ぼそっと呟きながら、アルバートはノワールの身体を両手でそっと掬うように持ち上げた。

 子猫としてやってきたノワールは家に来たときからほとんど成長していない。身体は小さなままだ。両手の手の平の中にその身体はほぼ納まる。


「にゃっ」


 さすがに目は覚めたようだ。寝ていたのに起こされたせいか、恨めしげな目がアルバートを見る。

 仰向けのまま、手足をバタバタさせていた。

 たぶん、文句を言っているのだろう。

 だがそれも可愛らしいだけだ。

 そのお腹にアルバートは顔を埋める。


「にゃっ」


 ノワールは驚いた。

 アルバートは構わず、顔をこすりつける。すうすうと匂いを嗅いだ。


「にゃにゃにゃっ」


 ノワールは嫌がる。アルバートの顔を蹴り蹴りしようとするが、それは上手く当たらなかった。


「アルバート」


 見かねたルーベルトがそれを止める。ノワールの声にそちらを見て、アルバートがノワールの腹に顔を埋めているのを見つけた。ぎょっとする。

 食べたいと呟いていた言葉が脳裏を過ぎった。一瞬、噛みついているのかと思う。匂いを嗅いでいるのだとわかって、ほっとした。だが、冷静に考えればあまりほっと出来る状況ではない。


「何をしているんだ?」


 問いかけた。


「お腹の匂いを嗅いでいる」


 アルバートは顔を上げて答える。とても満足そうな顔をしていた。

 ルーベルトは頭を抱えたくなる。

 愛されすぎているノワールに同情を覚えた。


「止めてやれ」


 ルーベルトは苦く笑う。


「ノワールが心底嫌がっている」


 猫とは思えない顔をしているノワールを見た。かなり嫌がっている。


「そういう顔も可愛いな」


 だが、アルバートには逆効果だったらしい。にこにこと笑った。見たことがない表情にテンションが上がっている。

 ノワールのお腹に顔を埋め、ふーっと息を吐いた。

 ノワールが嫌そうに、ふるふるっと身体を震わせる。


「にゃあ、にゃあ」


 ルーベルトに助けろと訴えた。

 わかったというように、ルーベルトは頷く。アルバートの肩に手を置いた。


「それ以上やると嫌われるよ」


 忠告する。

 ぴくりとアルバートの身体は反応した。


「それは困るな」


 顔を上げる。

 今がチャンスだと、ノワールは暴れた。アルバートの手から逃げ出す。そしてそのまま、隠れてしまった。

 その日一日、食事の時間になってもノワールは出てこない。

 アルバートは反省し、二度とお腹に顔は埋めないと約束した。

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