閑話: 優先順位



 お風呂で温まっていると、気持ちよくなってきた。


「ふにゃあ」


 欠伸が出る。

 顔が赤くなってきたのが自分でもわかった。

 アルバートは長湯なので付き合いきれない。


「先に出る」


 のぼせる前に風呂から出た。

 アルバートは残る。

 バスタオルで身体を拭いて寝間着を着た。

 そのままタオルを持って待っているルーベルトのところに行く。

 この世界にはドライヤーはない。魔法で乾かすことも出来るが、普段はそんな魔力の無駄遣いはしない。

 タオルドライ後、自然乾燥するのが一般的だ。風邪を引かないように、タオルで十分に水気を取る必要がある。

 だがまだ子供のボクはそれがあまり上手に出来ない。ルーベルトがアルバートが拭いてくれるのが常だ。

 ルーベルトはボクを椅子に座らせ、乾いたタオルで拭いてくれた。それは十分すぎるほど丁寧だ。タオル越しに触れてくる手はマッサージしているみたいに気持ちいい。


「ふにゃあ」


 また欠伸が出た。


(でもやっぱりドライヤーは欲しい)


 ぶおぉぉぉっと一気に髪を乾かせた頃が懐かしい。

 実はドライヤーは作ろうとも思った。あった方が圧倒的に便利だろう。だが、機械的な知識はないので、温風は魔法で起こすことになる。それなら普通に魔法で髪を乾かすのと何の違いもない。意味がないことに気づいて、止めた。


「ノワール」


 うとうとしていたら、静かな声に呼ばれる。


「にゃに?」


 返事にちょっと猫が出た。ぼーっとすると素が出てくる。ボクの素は猫なので、言葉遣いが猫っぽくなった。


「ごめんね」


 ルーベルトは謝った。優しく頭を撫でてくれる。


「何が?」


 ボクは首を傾げた。意味がわからない。謝ってもらうようなことされた覚えはなかった。


「私はアルバートとノワールのどちらかを選べと言われたら、迷わずアルバートを取るよ」


 ルーベルトは宣言する。

 ボクはますます訝しく思った。


「うん。知っている」


 大きく頷く。

 そんなこと、宣言されるまでもなく知っていた。ルーベルトにとっての1番はアルバートだ。アルバートのためになら、たぶんボクを切り捨てるくらい厭わない。

 でもそれは当然だろう。

 誰にだって優先順位はある。

 ずっと一緒に育った弟と一緒に暮らして一月あまりの猫を同列に並べる方が可笑しい。

 アルバートの方が大切なのが普通だ。


「それで構わないよ」


 にこっと笑った。頭をのけぞらせて、後ろに立つルーベルトを見る。

 ルーベルトは戸惑う顔をしていた。

 そういう返事が返ってくるなんて思っていなかったらしい。


「ルーベルトの一番はアルバートで構わない。アルバートはなんだかんだいって優しいから、きっとボクを捨てられない。だから何かあったら、ルーベルトがボクを捨てていいよ。アルバートのために、ボクを切ればいい」


 自分の存在が意外と危ういことにはもう気づいていた。

 強すぎる力は災いを呼ぶ。

 きっといつか、面倒な事になるだろう。

 わかっているから、それに対抗できる時間を自分で身につけようと思っている。

 だが、それが間に合うかはわからない。

 もしかしたら、その時はこちらが思うより速くやって来るかもしれない。

 アルバートやルーベルトをそこに巻き込むのは嫌だと思った。


「ボクにとってもアルバートは特別だよ。契約している主だからかもしれないけど、守りたいと思う」


 この感情が自分のモノなのかそれとも契約によるものなのかはよくわからない。

 だかそれがなんだとしてもアルバートを守りたいという気持ちは本物だ。

 アルバートはボクに全てを与えてくれた。

 暖かい寝床も美味しいご飯も、愛情も。

 猫だって恩返しくらいはする。犬ほどわかりやすくはないかもしれないけど。


「ノワールは変った子だね。猫だからなのかな?」


 ルーベルトは小さく首を傾げた。


(いや、たぶん猫としても変っています)


 心の中でだけ、答える。余計なことは言わない。


「ルーベルトの事も好き」


 代わりに、そう言った。


「突然、どうしたんだい?」


 ルーベルトは困惑する。その顔は少し赤かった。まんざらでもないらしい。


「ルーベルトは優しいから、アルバートのためにボクを切り捨てたらきっと後で自分を責める。でもそんなことしなくていいよ。ボクが許すから。ルーベルトがアルバートのためにする全てのことをボクは許すよ。例え、世界中がそれを許さなくても、ボクだけは許してあげる」


 ニッと口の端を上げて笑ったら、チュッとその唇にキスされた。


「……」


 びっくりする。頬にキスされたことはあるけど、唇には初めてだ。


「愛しているよ、ノワール。アルバートの次にだけど」


 ルーベルトは笑った。


「知っている」


 ボクも笑う。


「だってボク、可愛いもん。猫でも人型でも」


 胸を張った。


「うん、可愛い」


 ルーベルトは頬や額にたくさんキスしてくれた。

 お返しにボクもルーベルトに抱きついてキスしてあげる。

 いちゃいちゃしていたら、バスルームからアルバートが出てきた。


「……何をしているんだ?」


 ラブラブなボク達を見て、困惑する。


「愛を確かめ合っている」


 ボクがきりっとした真顔で答えると、ルーベルトが吹き出した。


「私だけ仲間はずれかよ」


 アルバートは拗ねた顔をする。


「入れてあげてもいいよ」


 ボクは手を差し出した。




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