5-1 クラスメイト




 休み時間、ノワールの前にはちょっとした列が出来る。


 “ノワールにお菓子を食べさせ隊”--なるものが教室の中で結成されていた。

 活動内容はそのまま、ノワールに菓子を食べさせることだ。

 口元に菓子を差し出すと、ぱくりとノワールは食べる。

 本人曰く、それは『サービス』だそうだ。

 確かに、与える本人たちは自分たちの手から食べてくれる事にかなりテンションが上がっている。


 アルバートはその隊の活動を黙認していた。

 教室の中には四大公爵家のアルバートたち以上に爵位の高い生徒はいない。

 アルバートはヒエラルキーのトップに位置していた。

 みんなが露骨に気を遣う。

 そんな対応にアルバートは慣れていた。子供の頃から、特別扱い以外をされたことがない。学園でもそれはかわらないと思っていた。

 だが、ノワールの存在がそれを変える。


 最初はみんな、ノワールに対しも距離を取っていた。

 アルバートの持ち物である獣人への対応に、同級生達は戸惑う。失礼がないよう、腫れ物に触るような扱いをしているのが見て取れた。

 その空気をノワールは重苦しく感じていたらしい。


 ある日、前の席に座っていた女の子がノワールを振り返った。


「あのね。お菓子、食べる?」


 控え目に聞く。

 アルバートはしょっちゅう、ノワールに菓子を与えていた。

 人間の身体を維持するのはエネルギーが必要らしく、ノワールは小さなその身体のどこに入るんだと思うほど、よく食べる。

 口に含んでもぐもぐしている姿も可愛いので、アルバートはついついたくさん与えてしまった。

 菓子を差し出すと、あーんと口を開けるのも愛おしい。

 気分は、雛に餌を与える親鳥だ。

 そんなアルバートとノワールの様子が、その子は羨ましかったらしい。

 自分も菓子を上げたいと思ったようだ。


「にゃ」


 ノワールは返事をする。

 にっこりと笑った。

 ノワールは人形のように整った容姿をしている。全体的に白っぽいせいか、どこか高貴な感じさえした。

 近寄りがたい。

 その雰囲気が笑うと人懐っこいものに変わった。

 それをノワールが故意にやっていることにアルバートは気づいている。

 女の子はちらりとアルバートを見た。止められないことを確認する。


「はい、どうぞ」


 女の子は照れくさい顔をしながら、ノワールに菓子を差し出した。


「にゃあ」


 ノワールは一声鳴いて、差し出された菓子をぱくっと口に入れる。手から直接食べた。


「!!」


 女の子は驚く。自分の手から食べてくれるなんて思っていなかった。


「にゃあ」


 美味しいというように、ノワールは鳴く。にこっともう一度、笑った。

 その顔があざといくらい可愛い。

 目を細めて、幸せそうな顔をした。

 隣で見ていたアルバートも、その女の子もきゅんとする。


「も……、もっと、食べる?」


 女の子はノワールに聞いた。


「にゃあ?」


 ノワールはアルバートを見る。

 その視線に気づいた女の子もアルバートを見た。

 アルバートも女の子に目を向ける。

 その子は小さく身を竦めた。だが、勇気を振り絞る。


「あの……。ノワールちゃんにもっとお菓子をあげてもいいですか?」


 問いかけた。

 アルバートたちには話し掛けてはいけないような雰囲気が教室の中にはある。誰もが遠巻きにアルバートたちを見ていた。

 だが、アルバートの方からは一度もそんなことを言ったことはない。

 周りが勝手に気を遣っていただけだ。

 誰もがアルバートがどんな対応をするのか、気にする。息を飲んで、見守った。耳をすまして聞いている。


「ああ。別に構わない」


 アルバートは返事をした。反対する理由はない。

 そのごく普通の対応に、周りはほっとした。

 なんだ、普通じゃん--そんな気持ちがクラスメイト達の心の中に芽生える。

 それ以降、ノワールに菓子を上げていいのか、アルバートに許可を取る生徒が男女問わずに増えた。

 話し掛けてはいけないという空気がなくなる。

 そのうち、ノワールのこと以外でも話し掛ける生徒が出てくるようになった。






 そして今日も、ノワールにお菓子を食べさせ隊は精力的に活動している。


「はい、あーんして」


 髪にリボンをつけた女の子が囁いた。


「にゃーん」


 ノワールは口を開ける。

 お菓子を貰うときはとても愛想がいい。

 その口にチョコレートが入れられた。

 もぐもぐとノワールは口を動かす。甘くてとても美味しかった。


「もっと食べる?」


 問われて、『にゃっ』とノワールは答える。

 口を開けて、待った。

 リボンの子はノワールの口にチョコレートを入れてあげる。


「こんなにたくさん食べても太らないなんて、羨ましいわ」


 そんなことを言った。心底羨ましそうに、ノワールを見る。


「にゃーん」


 ノワールは頷いた。自分でもそう思うらしい。

 その頭をアルバートの手が撫でた。

 ノワールの耳はぴくぴく動く。その耳もこするように撫でられた。


「ふにゃん」


 力が抜けるのをノワールは感じる。


「それでも少し食べ過ぎた。今の時間はその辺に変にしておけ」


 アルバートは止めた。

 与えられれば与えられるだけ、ノワールは食べてしまう。放っておくと、休み時間の間ずっとノワールは菓子を食べることになった。


「そうですね。与えすぎもよくないですよね」


 リボンの子は引く。


「また、後にします」


 そう言った。


「そうしてくれ」


 穏やかに、アルバートは頷く。

 なんとなく、いい雰囲気が二人の間に流れた。

 リボンの子は少し顔を赤くする。アルバートの整った顔に少しばかり見惚れた。


「にゃあ」


 ノワールは不満な声を上げる。アルバートにじゃれついた。

 突然、デレたノワールにアルバートは驚く。


「突然、どうしたんだ?」


 苦く笑った。ノワールを膝の上に抱っこする。


「にゃあ」


 ノワールはアルバートの首に腕を回して、抱きついた。





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