9-1 土産。




 学園は二期制で、長期休暇がある。 

 それは社交のシーズンに当たっていた。正確には、社交のシーズンに合わせて長期休暇が設定されている。

 週末、生徒達は学期末に向けて帰り支度を始めた。

 ボクたちも街に買い物に出る。

 校外に出るときは制服着用が原則だが、土産を買うために街をぶらぶらするときは別だ。むしろ、目立たないように商人の格好が推奨されている。ちょっとした富裕層程度の服をみんな持ち込んでいた。


 今日は朝から、アルバートはボクの服で大いに悩んでいる。


「こっちの服も可愛い。でもこっちの服の方が……」


 そんなことをいいながら、三つほど候補を出して唸っていた。キラキラしたイケメンなのに、ボクが絡むとアルバートは途端に残念男子になる。ただのネコの下僕だ。


(どれでもいい)


 ボクは鏡の前に立たされながら、そう思う。すでに飽きていた。


(どれ着たって、可愛いんだから!!)


 自画自賛する。

 鏡に映るボクは今日も天使のように愛らしかった。だぼっと頭から被っただけの寝間着姿でさえキュートに見える。もっとも、この寝間着にはアルバートの拘りでフリルとかリボンはついていた。

 ボクはちらりとルーベルトを見る。

 ルーベルトは小さく頷いた。


「アルバート。早く着替えさせないと、ノワールが風邪を引くよ」


 アルバートに囁く。

 タイミングを合わせて、ボクはくしゅっとくしゃみの真似をした。

 それさえも可愛らしくて、自分でおおっと感嘆する。

 可愛い子は何をしたって可愛いのだと、しみじみした。


「そうだな。すまない、ノワール。寒かったね」


 ルーベルトに返事をして、アルバートは服を決める。簡単に選べたところを見ると、悩む割には決まっていたらしい。

 一人で着替えられるのに、着替えさせたいアルバートに付き合って服を着せて貰った。

 目立つネコミミは帽子で隠す。そうすると人間の子供と変わらなかった。可愛いので目立つことは目立つが、獣人よりはずっとマシだ。街に買い物に行く時は帽子を被るようにしている。


 着替え終わると、そのままアルバートに抱っこされた。

 ぎゅっと抱きしめられる。

 寒いから温めてあげるよ的なニュアンスらしいが、愛が重い。


(まあ、いいか)


 縋り付くようにアルバートの首に腕を回して抱きつくと、アルバートは満足そうな顔をした。






 領地にある屋敷に帰る前に土産を用意する。王都には地方にない珍しいものがあった。

 屋敷の使用人達への土産も探す。

 メイド達への土産はボクが決めた。露天で可愛らしいブローチが手頃な値段で売っていた。宝石店で出たらしいくず石を使っているようで、小さいが石がついている。貴族が多くて宝石の需要がある王都ならではの品だ。地方ではそんなにくず石は出ない。


「纏めて全部買うから、安くして」


 ボクは値下げ交渉をした。

 全部買ってもアルバートがボクのために仕立てる服の一着分にもならないが、こういう露天での買い物って店主とのやりとりが楽しい。


「ぼっちゃん、いいとこの子だろう? 値切らないで買っていってよ」


 店主のおじさんは笑う。


「やだっ。おまけして」


 ボクは甘えた声を出した。目をうるうるさせて見上げる。


「仕方ないな~」


 渋っていたわりにおじさんはけっこう値引きしてくれた。人がいい。


「ありがとう」


 ボクはにこにこ笑う。おじさんもにこにこ笑った。


 そんなやりとりをアルバートとルーベルトは気配を消してただ見守っている。こういうやりとりは別に今日が初めてな訳ではない。値引き交渉するボクに最初はびっくりしていた。止めようともする。だが今はこういうやりとりをボクが楽しんでいることを知っている。

 放っておいてくれた。


 露天を覗きながら、ボクたちはスリッパの件で契約した靴屋へ向かった。

 相変わらず盛況なようで、店の前では庶民向けの安いスリッパがけっこう売れている。店の中にはワンランク高い商品があり、そちらはちょっと身なりがいい人たちが買い求めていた。

 あの後、靴屋には何回も足を運んでいる。細々とした用事があった。スリッパが学校指定の室内履きに決まった時から、ボクはスリッパのデザインも手がけている。その後、庶民向けのケモミミシリーズや学校指定スリッパの新色の発売など、店主とは度々顔を合わせていた。新商品の開発にも取り組んでいる。薄利多売の安いスリッパと違い付加価値がついたちょっとお値段が張るスリッパの方は当然、儲けも大きかった。消耗品だし、数も出る。ちょっとしたぼろ儲けをしているので、今、ボクと店主はとても仲が良い。

 転移魔法が使えるようになってからは、安全のために転移で移動することにしていた。靴屋の工房の一角に転移陣を一つ貼る。気軽に行き来できるようになっていた。

 今日は街に買い物にきたついでなので、普通に表から店に入る。


「いらっしゃい、旦那様」


 店主が満面の笑顔で出迎えてくれる。スリッパの売り上げはますます順調のようだ。

 ネコミミ男児に旦那様という呼び方はどうかと思うが、他に適切な呼び名がないらしい。

 店主にとって、今のボクは一番のビジネスパートナーだ。名前に様をつけるのもなんだか違うと言われて、二人で悩む。結局、名前を出されるより旦那様という総称の方が何かと都合がいいという話になり、自分よりずっと大人なおじさんからボクは旦那様と呼ばれることになった。


「立ち話もなんですから、こちらに」


 直ぐに奥の応接室に通される。

 ソファに座ると、お茶と共にお菓子が出て来た。ボクのために、お菓子は常時、用意してあるらしい。

 ボクは帽子を外した。

 ネコミミが窮屈さから解放されて、ぶるるっと震える。

 それを見て、店主は微笑んだ。


「今日はどんなご用で?」


 また何か新しい儲け話ですか?--とその目が問いかけている。

 残念ながら、外れだ。


「もうすぐ、休暇で領地に帰るから、土産のスリッパを買いに」


 ボクは答える。ここでのボクはにゃあにゃあ言うことはない。喋らないと、商談が進まないからだ。ごく普通に会話する。

 そんなボクの様子をアルバートとルーベルトは黙って見ていた。保護者だが、余計な口出しはしない。

 最初はボクが騙されないが二人とも気にしていたが、なんだかんだいっておぼっちやん育ちの二人よりたぶんボクの方がしっかりしている。直ぐにそれはいらぬ心配だと気付いたようだ。最近ではただ黙って見ているだけだ。万が一のことを心配して、二人のうちどちらかは必ずついてきてくれるが、側にいるだけで何もしない。


「どれがいいですか?」


 店主は聞いた。


「せっかくだから、学校指定のやつで……」


 ボクが答えると、店主は何かを思いついた顔をする。


「それなら、瞳の色を旦那様とおそろいにした特注品を作りましょうか。サービスで」


 スリッパのネコの目の色を左右変えるのを提案した。

 アルバートがぴくりと反応する。作って貰いたそうだ。


「いや、それはパス」


 だが、ボクは断わる。首を横に振った。


「自分が踏まれているみたいで、ちょっと……」


 渋い顔をする。スリッパは履くものだ。そのスリッパに自分が似ていると、なんだか踏まれているような気分になる。

 そういう理由で、ネコ猫スリッパは白い色のは作っていない。

 もっとも、白は汚れが目立つからそもそも却下だ。


「ああ、なるほど」


 店主は頷いたが、ちょっと残念な顔をしている。それはアルバートも同様だ。


「でも、アルバート用に一つだけ作って」


 ボクは頼む。

 白い色で左右の瞳がボクのと同じ色のスリッパをサービスで一つだけ作ってくれることになった。

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