9-2 期末試験。





 学期末、試験があるのはこちらの世界も同じらしい。それが終わらないと、長期休暇に入れないようだ。


(でもだからって、休み期間に補習があるとかではないんだよね)


 日本の学校制度に慣れたボクはそれにちょっと違和感を覚える。

 だが、補習なんてする時間は先生側になかった。

 社交のシーズンはどの貴族も忙しい。それは学園の先生も同様だ。教官のほとんどは貴族なので、実家に戻り、社交に励まなければならない。生徒のために学園に残るなんて無理だ。

 もちろん、生徒の方にも家のパーティなどに参加する義務がある。

 長期休暇中は、実はいつもよりみんな忙しかった。


 そもそも、この学園の試験は順位を決めたりするものではない。試験内容が同じではないのだから、成績を比べるなんて無理だ。

 どこまで魔法に対する理解が進んだかを確認するための機会で、個人によって課される内容はまるで違う。それに可か不可の判定が下され、個人のレベルが決定される。


 魔法使いにはランクがあった。

 上級、中級、下級と分かれ、その中でさらに一級~五級までわかれている。15段階かと思ったら、上級の上に特級があり、特級はS級、A級、B級、C級の4段階があるそうだ。学園に入った時点で中級5級と認定され、学園に入らない貴族は下級扱いになる。

 魔法使いの世界もなかなかシビアなようだ。

 ちなみに、ロイドはA級だそうだ。それは国に数人しかいないレベルで、ボクが思っているよりずっとロイドは凄い魔法使いらしい。


 試験は実技試験がメインなので、どうせならいい成績取るぞーっとボクは意気込んでいた。

 だが、最初からはしごを外される。


「ノワール、こっちおいでへ」


 試験当日、どこでもドアもどきを通って実技場に向かう前にボクはロイドに呼ばれた。


「にゃ?」


 1人だけ呼ばれた事に訝しく思いながら、教壇に立つロイドの所に行く。アルバートやルーベルトは席に座っていた。

 ロイドの隣にはカールがいる。ボクを見て、目を細めた。


「よしよし。いい子だ」


 頭を撫でられたと思ったら、抱上げられる。


「にゃにゃ?」


 驚いていたら、抱っこされた。


「ノワールの試験は後からだ」


 カールに告げられる。


「にゃにゃにゃ?」


 なんで?と問うが、カールには伝わらなかった。

 よしよしと幼い子供のようにあやされる。


(何で別なの?)


 そんなことより説明してくれと思うが、そういう機微をカールに求めても無駄なのは知っていた。基本、大雑把な人だ。野生の勘で生きている。

 別にみんなと一緒に試験を受けることに拘りがあるわけではない。しかし1人だけ隔離されるのはやはり寂しい。

 アルバートやルーベルトから引き離されたのも不満だ。


「にゃーっ、にゃーっ」


 嫌がって、アルバートの所に戻ろうとする。だが、カールの腕の中から逃げられる訳がない。がっちり、掴まれていた。


「ノワールの試験は諸事情で後から行う。構わないな?」


 ロイドがアルバートに聞く。そこには否と言わせない強さがあった。


「……はい」


 アルバートが折れる。

 ロイドは簡単な試験の説明をしてから、どこでもドアもどきの所にみんなを誘導した。

 お留守番のボクは連れて行ってももらえない。

 カールはボクの子守担当のようだ。一緒に残る。


「にゃあ、にゃあ」


 ボクは怒った。カールの頬を摘まむ。


「痛い、痛い」


 全く痛くない顔で、言葉だけでカールは痛がった。

 それはそれで腹が立つ。

 腹立ち紛れに、かぷっとカールの肩口に噛みついた。


「痛いよ」


 頭をぽんぽんと叩かれる。今度は本当に痛いようだ。

 ボクは顔を上げる。


「仕方ないだろう?」


 カールは困った顔をした。


「出来る事全部をやって見せたら、たぶん面倒な事になるぞ。それでもいいのか?」


 ボクに問う。


「にゃ?」


 ボクは首を傾げた。いまいち、何を言われているのか理解できない。


「いいかい、ノワール。この学園の試験はそれぞれのレベルに合わせて設定した魔法を使いこなせるかどうかで判定する。中級4級から始まって、どこまでできるのかやらせてみて判断するんだ。優秀な生徒なら何段階も一気にステップアップする」


 カールの説明にうんうんとボクは頷いた。それくらい知っている。ネコミミも頭に合わせてぴくぴく動いた。

 それを見たカールはふっと顔を緩ませる。可愛い可愛いと頭を撫でてきた。

 その力がちょっと強い。

 ボクは頭を動かして避けた。


「その本試験は教官3名で判定する。つまり、ロイド以外にも試験教官は2人いるんだ」


 それもボクは知っていた。だから何?って顔をする。


「にゃ?」


 小さく首を傾げた。


「ロイド1人なら、適当な落としどころにノワールのランクを設定できる。だが、3人で試験する本試験ではそれが無理だ。ノワールは上手に加減して、本当はできることを失敗してみせることができるか?」


 カールに聞かれて、考えた。わざと失敗するのは、成功するより難しい。


「にゃにゃ」


 無理だと首を横に振った。


「できないだろう? だが、本試験のやり方は生徒が失敗するところまでやらせるものなんだ」


 つまり、出来れば合格ではなく、出来なくて不合格になった下のランクを与えられるということらしい。


(それは失敗するまで課題をやらせるってことですよね?)


 それに気付いて、不味いと思った。

 たぶん、ボクは普通よりいろいろと出来る。ちょっと騒ぎになるくらい。


「な? 本試験、受けるのは不味いだろう?」


 カールは同意を求めた。


「にゃ」


 ボクは頷く。


「ちなみに追試は担当するのは教官1人でOKという事になっている。ロイドが1人でノワールを試験するので、周りからたいして浮かないくらいにしておくつもりだと思うよ」


 カールは教えてくれた。

 ボクは本試験は棄権して、追試を受けることになるらしい。それはもちろん、成績としてはいまいちの扱いになる。追試というのはそういうものだからしかたない。


(だからアルバートやルーベルトは残さず、ボクだけが隔離なんだな)


 ボクは納得する。2人まで追試扱いにするわけにはいかないだろう。


「納得してくれたのなら、みんなが帰ってくるまで遊んで待ってようか」


 カールは楽しげにそんなこと言った。



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