9-3 残念男子。(カール視点)




 カールはノワールを連れて教室を出た。他の生徒がみんなに出払った教室で待たせておくわけにはいかない。

 ノワールに本試験を受けさせないというのはロイドの勝手な判断だ。この学園を所有しているロイドにはある程度の自由があるが、それでも勝手に何でも出来る訳ではない。通さなければいけない筋もあった。

 今回はそれを全て飛ばして、自分の裁量一つでどうにかしようとしている。ノワールの件はおおっぴらにしない方がいいと判断しての事だ。

 実際、全てを公にしたらかなり厄介な事になるだろう。

 カールはロイドの考えに賛成したので、協力している。ノワールを1人にはしておけなかった。


「にゃにゃ?」


 どこに行くの?--と言いたげな顔でノワールが聞いてくる。

 抱っこするとノワールは抱きついてきた。首に腕を回して、身体を支える。抱っこされることになれているノワールは身体を安定させるのが上手い。そもそものバランス感覚がいいようだ。野生の何かが働いているのかもしれない。


「ロイドの教官室だよ。教室で待っているのもなんだから、教官室で遊んで待っていよう」


 小さい子に諭すように言う。

 実際、ノワールの見た目は小さな子供だ。7~8歳くらいの男子で、驚くほど可愛い。会う度に凝った髪型をしているが、それは同級生の女の子の日々の研鑽の成果だそうだ。ノワールをさらに可愛くするにはどうすればいいのか、話し合い、研究するグループがあるらしい。

 最初に話を聞いたときには何をやっているのだと呆れたが、今はちょっとわかる。可愛いノワールがさらに可愛くなるのは見ていて確かに楽しい。

 ちなみに今日の髪型は編み込みだ。肩ぐらいの長さの髪を上手にまとめ上げている。

 生徒達はもれなく貴族の子女なので、本来は自分の髪も結ったことがないはずだ。その彼女らがノワールの髪は嬉々として結っている。意外な才能を意外なところで開花させた子もいるようだ。新しい発見があったなら、何よりだと思う。

 人生はどう転ぶかわからない。選べる選択肢は多いにこしたことはなかった。


「にゃー」


 ノワールは納得する。質問の答えとして合っていたようだ。


「よしよし。ノワールは可愛いな」


 カールは片手で、ノワールの頭を撫でる。軽いノワールを抱っこするのは片方の手で足りる。もう片手は空いていた。


「にゃあ」


 当たり前という顔で、ノワールは満面の笑みを浮かべる。それが愛らしい。

 手のひらで頬を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。そうしていると猫っぽい。ネコミミもぴくぴくと反応していた。

 カールはきゅんとする。


「可愛いな」


 顔を寄せて頬ずりしようとした。


「にゃ」


 だが、ノワールの手がカールの顔を押し返す。嫌だと拒んだ。


「ダメなのか?」


 カールは笑う。


「にゃ」


 ノワールはぷいっとそっぽを向いた。






 ロイドの教官室の一角にはノワールのための遊び場が作ってある。3畳ほどのスペースに厚手の絨毯が敷かれてあった。靴やスリッパは脱いでその上に上がる。病院とかの待合室にあるチャイルドプレイルームみたいな感じになっていた。そこにはノワールのおもちゃがいろいろ置いてある。

 ロイドの教官室は土足厳禁だ。

 入り口を入って直ぐ、カールはスリッパに履き替える。ノワールの靴も脱がせた。ほどんど抱っこされて移動するノワールの靴は綺麗で汚れてはいない。そこから靴下を穿いた小さな足が現われた。凝った可愛らしい靴下を穿いている。


「足まで可愛いんだな」


 思わず、小さな足を手に取った。


「にゃっ」


 嫌だと言うように、蹴られる。小さな足で蹴られても、たいして痛くはない。だが拒絶の意思はびしばし感じた。

 変態と言いたげな顔で睨まれる。


(意外と何を言っているのか伝わってくるものだな)


 語彙はにゃあしかないのに伝わることにカールは感心した。ノワールが表情豊かだからかもしれない。

 人形のように綺麗に整った顔立ちをしているのに人形に見えないのは、表情がころころ変わるからだ。


「はいはい、ごめん。もうしないよ」


 もう片方の靴も脱がして、ノワールを絨毯の上に降ろす。

 ふるふるっとノワールは身震いした。伸びをする。


「にゃーお」


 その口から欠伸が出た。


「なんだ。眠いのか?」


 カールは自分もスリッパを脱いで絨毯の上に座る。

 それを見て、ノワールは唇をきゅっと結んだ。


「にゃあ、にゃあ」


 狭いから出て行けと言いたげに鳴く。文句を言っている風なのはカールにも伝わった。


「意地悪するなよ。眠いなら、一緒に寝ればいいだろう」


 カールはそう言うと、軽々とノワールを抱上げる。自分の膝の上に座らせ、一緒にごろりと横になった。ノワールを胸の中に抱え込む。


「にゃあ」


 ノワールは文句を言った。だが、あまり抵抗はない。

 思いの他、居心地は悪くないようだ。

 カールはノワールの頭を優しく撫でてやる。


「ふにゃあぁぁぁ」


 ノワールは大きな欠伸を漏らした。


「よしよし。一緒に昼寝をしよう」


 カールは誘う。自分も眠くなった。


「にゃあ……」


 ノワールは一声鳴く。それは文句を言っているようにも聞こえたが、睡魔には勝てなかったようだ。

 瞼が重そうに下りていく。

 何回かそれに抵抗していたが、最後には負けた。


「にゃあ」


 最後に一声、鳴く。ノワールはすっと目を閉じた。あっという間に眠りに落ちる。

 その規則正しい息づかいを聞いていると、カールも眠くなった。

 ノワールをしっかり腕の中に抱えて抱きしめながら、目を閉じる。小さなノワールの身体はすっぽりとカールの腕の中に収まった。






 「おいっ、こらっ」


 そんな声でカールは起こされた。

 目を開けると、ロイドが怒った顔で自分を見下ろしている。腰に手を当て、仁王立ちしていた。


「試験は終わったのか?」


 カールは聞く。


「終わったよ」


 ロイドは頷いた。


「それより、これはどんな状況だ? なんて羨ましい」


 ロイドは拗ねた顔をする。


「ん?」


 カールは自分の胸元を見た。温もりを求めたのか、ノワールが顔を埋めるようにくっついている。


「なんだ、これ。可愛いな」


 思わず、カールはぎゅっと抱きしめた。


「うう……」


 苦しいと言いたげに、ノワールは呻く。


「先生。うちの可愛い子に何するんですか」


 アルバートにも叱られた。カールの腕の中からノワールを取り返し、抱っこする。


「う~」


 寝ているのを邪魔され、ノワールは唸った。相手を見る。だが自分を抱っこしたのがアルバートだと気付くと、自分から抱きついた。


「にゃあ、にゃあ」


 甘えた声で鳴く。

 ぎゅっと抱きつき、その肩口に顔をすりすりした。その動きが止まったと思ったら、もう寝ている。

 アルバートがそんなノワールを抱きしめて、可愛らしさに悶えていた。


(あいつ、家柄も良くて顔も良くて性格もまともなのになんか残念なんだよな)


 カールはふっと笑う。

 だがそういうところが、アルバートの可愛いところだと思った。


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