10-4 呼び出し




 指定されたのは王都の一画だった。

 転移魔法で一度、学園に戻る。そこから指定された時間にその場所に行った。

 どこかの貴族の別邸らしき屋敷がある。


「ここみたいだな」


 ロイドは送られてきたカードを確認して、呟いた。

 屋敷はそれほど大きくはない。だが、ちゃんと手入れされているのが見て取れた。庭の草木は整えられているし、建物も掃除されてある。住んでいる感じではないのに、いつでも使えるようになっていた。

 トントントン。

 ドアノッカーを鳴らすと、ドアが開く。

 出迎えてくれた人物を見て、それがどの家の持ち物なのかボクたちは理解した。


「ラルフ」


 ロイドは名を呼ぶ。

 どうやらこの屋敷はグランドル家の持ち物のようだ。


「何故、ここにいるのですか?」


 アルバートは尋ねる。その声には警戒が滲んでいた。

 ボクもアルバートに抱っこされた状態でラルフを見る。ラルフの視線はちらりと一瞬だけ、ボクに向いた。


「薔薇の会の要請でこの屋敷を貸したんだ。だが勝手なことをされると困るので、監視役としてここにいる」


 簡潔に説明する。

 嘘をついている感じはなかった。ラルフは落ち着いている。嘘をついている人間は匂いでわかった。


「来るのが私達であることは知らなかったと?」


 ルーベルトが疑うようにラルフを見る。


「知るわけがないだろう。あの連中は何も説明しない。グランドル家が求められたのは、話し合いの場としてちょうどいい家を貸せということだけだ。話し合いの相手の名前なんて、教えられるわけがない」


 そう言うと、またボクを見た。


「にゃあ」


 ボクは一声鳴く。

 ラルフとボクたちはあの週末以来、わりといい関係を築いていた。滅多にないが、アルバートもルーベルトも都合がつかない時、ラルフのところに預けられることがある。ラルフはあまりぐいぐい来ない。遠慮がちな構い方をボクはわりと気に入っていた。

 ラルフのことも嫌いじゃない。

 ラルフは表情を和らげた。実は動物はかなり好きらしい。


「連中は奥で待っている。この廊下を真っ直ぐ進んで、突き当たりの左手の部屋だ。1人で連れてこいとは言われていないので、みんなで行けばいい。だが、ノワールはどうする?」


 アルバートに聞いた。

 アルバートはボクを見る。


「にゃあ」


 ボクは鳴いた。


「1人では置いておけないから連れてきたが、出来れば同席させたくない。頼めるなら、面倒を見て欲しい」


 アルバートはラルフにお願いする。


「信じていいのか?」


 ラルフは苦く笑った。


「ノワールに危害を加えるつもりなんてないだろう?」


 アルバートは問う。


「当たり前だ」


 ラルフは頷いた。


「じゃあ、頼む」


 アルバートはボクをラルフに渡す。


「にゃあ……」


 ボクは不安になった。

 建物の奥の方はあまりいい感じがしない。直接的な危険は無いかもしれないが、なんか嫌だ。


「にゃあ、にゃあ」


 止められないのはわかっているが、鳴かずには居られなかった。

 そんなボクの不安を感じ取って、ロイドは口を開く。


「大丈夫。薔薇の会は、基本的に四大公爵家の人間には危害は加えない」


 囁いた。ラルフに抱っこされたボクの頭を撫でる。


(それって、カールやロイドは危ないってことじゃないの?)


 そう思ったが、問いかけることは出来なかった。

 4人は建物の奥へ向かい、ボクとラルフは玄関に近い部屋に入る。そこは客を迎える居間のようだ。


「ノワール。いい子だから、大人しくここで待とう」


 ラルフはそう言うと、ソファに座る。ボクを膝の上に座らせた。


「よしよし」


 ボクの頭を撫でた。そのまま、自分の胸に寄りかからせる。包み込むように優しく、抱かれた。


「大丈夫だからそんなに不安な顔をするな」


 優しい声が囁く。


「にゃ?」


 ボクは少し驚いた。

 ラルフが心配するくらい、ボクは不安な顔をしているらしい。自分ではそんなつもりはなかった。

 自分で自分の顔に触れる。確かにちょっと強張っていた。

 思わず、指でふにふにと頬を摘まんで揉む。強張った顔の筋肉をほぐそうとした。


「なんだ、それ? 可愛いな」


 ラルフは笑う。アルバートよりがっしりして大きな身体にぎゅっと抱きしめられた。


「大丈夫。大丈夫」


 優しい声が子守歌みたいに聞こえる。

 髪を梳くように頭を撫でる手も気持ち良かった。

 ネコミミがぴくぴく動いているのが自分でもわかる。眠くなってきた。

 みんながボクのために頑張っているのに寝てはいけないと思うのに、ネコの本能(?)に逆らえない。眠いものは眠かった。

 瞼が重く、下りてくる。目を開けていられない。


「寝てもいい。大丈夫だ」


 ラルフの声が聞こえた。


(本当に?)


 その問いかけはネコの声にさえならない。


「にゃ、にゃう」


 自分でも意味のわからない声が漏れた。そのまま、すうっと意識が遠のく。

 ボクは眠りの淵に落ちた。




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