4-7 教官・ロイド 2



 部屋の片隅にはソファとテーブルがあった。そこに案内される。

 ロイドの向かい側にボクたちは座った。真ん中に座ったボクをアルバートとルーベルトが守るように挟む。


「お茶くらい出すよ」


 ロイドはそう言うと、指をパチンと鳴らした。部屋の片隅にあった人形がおもむろに動き出す。座っていたが、立ち上がった。


「カノン。お客様にお茶を」


 ロイドの言葉に、お茶を淹れ始める。

 その人形は12~3歳くらいだ。メイド服を着ている。とても可愛らしい顔立ちをしていた。


「オートマタですか?」


 ルーベルトは物珍しそうに聞く。


「そうだよ」


 頷いたロイドは意味深にこちらを見た。


(違う)


 ボクは心の中で呟く。


「オートマタってからくり人形のこと?」


 ボクはルーベルトに確認した。


「そうだよ」


 ルーベルトは頷く。


「じゃあ、違う。あの人形、からくりなんて入っていないよ」


 ボクは人形を指さした。


「え?」


 ルーベルトは驚く。


「あの人形、魔法で動いている」


 魔法陣が信じられない複雑さで身体中に貼り付けてあった。指の関節の一つ一つにまで魔法陣がある。

 ルーベルトやアルバートはただただ驚いていた。


「見えるかい? とても綺麗だろう?」


 うっとりした声音でロイドは言う。

 同意するのはとても癪だが、確かに綺麗だ。芸術的でさえある。

 なにより、全ての魔法陣がちゃんと機能していた。人形の動きはとてもなめらかで、本当に生きているように見える。

 ロイドの実力が推し量れた。思っている以上に、ロイドは凄いらしい。

 敵には回したくない。


「綺麗だけど、なんで男の子なのにメイド服なの?」


 ボクは質問した。ずっと気になっている。

 人形はとても可愛く、メイド服が似合っていた。だが男の子だ。きっと執事服の方が似合うだろう。


「最初はメイド服の似合う女の子にしようと思ったんだけどね。いろいろ倫理的に不味いという指摘を受けて、男の子にしたんだよ」


 ロイドは説明する。

 指摘をした人はもっともだ。教官が少女のメイド人形を作っていたら、誰だって注意する。ただのロリコンにしか見えないだろう。教官として置いておくのはとても不安だ。だが、男の子にメイド服も不味い気がする。


(男の娘の方がなかなかだと思うけど、感覚が違うのかな?)


 この世界で生きて数ヶ月、まだよくわかっていないことがボクには多かった。

 余計な事は言わずに黙っておく。別にロイドが変態認定されても、ボクは困らない。


「だったら、ベストと短パンの方が可愛いのに」


 何気なく呟いたら、ロイドは目を輝かせた。


「そうだね。それも可愛いね。今度、そっちのパターンも用意しよう」


 ノリノリで採用された。


(なんか、わかった)


 心の中でボクは呟く。

 今まで、ロイドのことは得体が知れないと思っていた。だが今、わかってしまった。ロイドは自分の趣味を爆走するただの変態のようだ。

 そう考えると、いろいろ腑に落ちる。


「なんで、ボクと仲良くしたいの?」


 それを踏まえて、問うた。

 ロイドは心外だという顔をする。


「何度も言っているのに、どうして誰も信じてくれないんだ? ただ、猫が好きなだけなのに」


 嘆いた。


「……」

「……」

「……」


 ボクはアルバートとルーベルトを見た。

 2人はなんとも微妙な顔をしている。


「それ、本気なんですか?」


 ルーベルトは問うた。


「最初からそう言っている」


 ロイドは大きく頷く。


「……」


 ルーベルトは気まずい顔をした。何を考えているのか、だいたいわかる。


(ロイドってなんか腹に一物ありそうに見えるんだよね。実力も教官の中では飛び抜けているし。そんな人間が猫好きだから仲良くなりたいなんて言っても、普通は本気にしないよね)


 うんうんと心の中でルーベルトの気持ちに勝手に同意した。

 だが言われてみると、机に上の書類の山に隠れるようにいくつか猫をモチーフにしたグッズが置いてあった気がする。

 こちらの世界にキャラクターグッズという概念は基本的にない。猫グッズがちまたに溢れていた現代日本と違い、その数点を集めるのもけっこう大変だろう。

 猫好きというのは本当なのかもしれない。

 趣味を爆走するただの変態の言葉だとしたら、信じられる気がした。

 でも一言、物言いたい。


「やり方に可愛げがないのが悪い」


 ボクは指摘した。


「試したり探りを入れられたりしたら、ケンカを売られているとしか思えない」


 批判する。


「試したのではなく、どこまで出来るのか純粋に知りたかったんだよ。そのオッド・アイは普通よりよく見えるだろう? どこまで見えるのか、知りたかった。好きな人のことを知りたいというのは普通の事だろう?」


 なんだかいい感じの言い方をロイドはしたが、それはストーカーと同じだと思う。


「そういうの、迷惑」


 ボクは一刀両断した。


「勝手にいろいろ調べられるのも嫌。探りを入れたり、弱味を握ろうとするのとかも最悪」


 文句を言う。それはぐさぐさとロイドに突き刺さったようだ。ロイドは打ちのめされた顔をする。


「そんなに嫌わなくても」


 涙目になった。

 ロイドは魔力が強い。たぶん、かなり。

 それが一目でわかるから、無意識に警戒していた。

 だがなんか思っていたのとはだいぶ違う。少なくとも、今のロイドは嫌ではない。


「仲良くはしない。だが、下僕にならしてあげてもいいよ」


 ボクはふんと胸を張った。

 猫好きなんて結局、ただの猫の下僕だ。


(お猫様とあがめ奉れ!!)


 ふんぞり返る。


「ノワール?」


 アルバートは驚いた顔をした。そこには咎めるような色が見える。


「下僕? いいね、下僕」


 だが、ロイド本人はノリノリだ。


(さすが、趣味を爆走する変態)


 心の中で褒める。


「下僕でいいよ」


 嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、何でもいうことを聞く?」


 ボクは問う。


「聞く、聞く」


 ロイドは機嫌良く答えた。返事がめちゃくちゃチャラい。


「その代わり、耳を触らせて?」


 期待に満ちた目で問われた。


「……」


 ボクは眉をしかめる。なんだか複雑な気持ちになった。だが、ぎりぎり許容範囲な気もする。


「……いいよ」


 とりあえず頷いた。

 ロイドは立ち上がり、背後に回り込んだ。真後ろに立ち、手を伸ばす。そっと耳に触れた。


「ふわふわだね」


 声が感動で震えている。


「ちょっと、顔を埋めていいかな?」


 ロイドは聞いた。


「何のために?」


 問う。純粋に不思議に思った。


「匂いを嗅ぎたい」


 ロイドは真顔で答える。

 ボクはどん引きした。

 だがそれはボクだけではない。アルバートやルーベルトも顔が引きつっていた。


「……ダメ」


 断わる。


「少しだけ、ちょっとだけ」


 ロイドは食い下がった。


「いやだ。キモい」


 ボクは断わる。アルバートの腕の中に逃げ込んだ。膝の上に座り、その胸にぴたっと顔をくっつけて、隠れる。


「何、それ。可愛い」


 どう考えてもハートが飛びまくっている声が聞こえた。


(ガチの変態だな)


 心の中で毒づく。


「先生、止めてください」


 アルバートは注意した。

 さすがにロイドもそれ以上は食い下がらない。元の場所に戻った。


「じゃあ、今度猫の時に遊んでくれる?」


 名残惜しげにロイドは強請る。


(そのじゃあはどこにかかっているじゃあなんだ?)


 ボクは首を傾げた。


「それをする代わりに、先生は何をしてくれるの?」


 ボクは逆に聞く。


「なんでも。学園生活で困ることがあれば、何でもしてあげよう。私はノワールの下僕だからね」


 嬉しそうなロイドに、ボクたちはかなり引いた。


「じゃあ、先生が何か役に立ったらご褒美で遊んであげます」


 約束する。


「いいね。さすがお猫様だね」


 ロイドは楽しげな顔をした。




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