7-7 逃げ上手。
カールがボクに何を求めているのか、とりあえず話を聞くことにした。
猫のボクは普通の人間に比べたら、身体能力は高めだ。身軽で、自分が思っている以上に動ける。だからたいていのことはやれると思った。
「まず最初に言っておくが、ノワールは勝つ必要がない」
きっぱりと言い切られて、目を瞬いた。
「え?」
首を傾げる。
「勝とうと、思うな」
カールは釘を刺した。
だが、勝つなと言われると勝ちたくなる。人間というのはあまのじゃくな生き物だ。
「やだ。やるなら、勝ちたい」
ボクはムッと口を尖らせる。最初から勝負を捨てるのは違うと思った。
しかし、カールは引かない。
「勝てる訳がない。その小さな身体で、大人と対峙して本当に勝てると思うのか?」
問われて、ボクは黙った。確かに不利すぎる。だが、だからって最初から勝ちを諦める嫌だ。何かに負けた気分になる。
ボクは不満な顔をカールに向けた。
頬を膨らませたボクにカールは少し困った顔をする。
「わかった。言い方を変えよう。勝ちの定義を間違えるな」
言い直した。
「ノワールにとっての勝ちは相手を倒すことではない。無事に逃げ切ることだ」
諭すように言われる。
確かにそれはそうだろう。逃げ切れたら、ボクにとってはそれは勝ちに等しい。
「勝つのと逃げるのはそんなに違うの?」
妙にカールが拘るので気になった。
「ああ、全く違う」
カールは頷く。
「勝つには、相手より強くなければいけない。だが逃げるだけなら、相手より弱くても問題ない」
つまり、カールはボクに強くなることを求めてはいないようだ。
「とにかく逃げろと?」
ボクの言葉にカールは頷く。
「襲撃を防ぎ、反撃して相手を一歩引かせたら、その隙に逃げろ。人目につかないところに逃げ込み、猫に戻って逃げれば逃げ切れないことはない。……違うか?」
カールの言葉には無理がない。ボクが出来る範囲のことを言っていた。
「うん。猫になればたぶん逃げ切れる」
ボクは認める。猫になったボクを人間が捕まえるのはかなり難しい。ボクは案外、すばしっこかった。
「だったら、簡単な話だ。襲撃を防ぐことと反撃することに重点を置いて訓練をつけてやろう」
カールは提案した。
「うん、わかった」
ボクは頷いた。それに乗る。断わる理由は何もなかった。
「ダメだ」
しかしその声に被さるように、アルバートの声が響く。
カールは驚いた。
だが、驚いたのはカールだけではない。
「え?」
ボクもびっくりした。
「アルバート?」
不思議そうにアルバートを見る。何故か怒った顔をしていた。何故、そんな表情をするのかボクにはわからない。
「先生にノワールを預けることは出来ません」
アルバートは首を横に振った。疑うような目を向ける。
カールはなんとも困った顔をした。
「さっきの件、まだ怒っているのか?」
気まずそうに尋ねる。
「当たり前でしょう」
アルバートは頷いた。
「さっきの件って何?」
ボクは聞く。話が全く見えなかった。
アルバートはボクを見る。
「先生はノワールを片手で抱っこしたまま、生徒と剣で打ち合ったんだよ」
答えた。
「抱っこしたまま?」
ボクはきょとんとする。
そんなこと出来るのかと疑った。
「ちょうどいいハンデだった」
カールは満足そうな顔をする。
(出来るんだ)
カールは化け物だなと思う。同時に、なんともカールらしいとも思った。
笑えてしまう。
「何ずちょうどいいんですか。もし、ノワールがケガをしたらどうするつもりだったんです?」
アルバートは責めた。
「相手がプロならともかく、生徒相手に私が守りきれないなんて事があるわけがないだろう?」
カールは当たり前のように言う。そこには自慢も何もない。ただ事実を口にしていた。実際、カールが負けるとはわたしも思えなかった。
「それに一応、打ち合う前にノワールを他の生徒に預けようとはしたぞ。それを嫌がって離れなかったのはノワールだ」
カールはボクを見る。
(え~、ボクのせいにするの?)
見つめられて、ぎょっとした。そんなことを言われても、困る。全く覚えていないから、無意識だったんだろう。
「いや、勝手に他人に預けられるのも困ります」
アルバートは渋い顔をした。
面倒くさい--そんな心の声が聞こえそうな顔をカールはする。
(うん。面倒くさいね)
ボクは心の中で同意した。
ボクに関してはアルバートはちょっと面倒くさい人になる。
「じゃあ、どうしろと?」
カールは聞いた。
「声をかけてくれれば、私が預かりました」
アルバートは答える。
抱っこされたままノワールが寝ているのは、自分がカールにアドバイスを受けた時に見ていた。特に支障がないようだったので何も言わなかったが、問題があるなら直ぐに受け取るつもりでいた。
「そうしたらお前が訓練できないだろう?」
カールは言う。預けるつもりがあるなら、最初からそうした。だがそれはアルバートのためにもルーベルトのためにもならない。
「それはそうですが……」
アルバートは返事に困る。
「ノワールを抱えたまま生徒と打ち合うなんて確かに言語道断だけど、カールは意外と有能だから、ノワールのためを思えば訓練はつけてもらった方がいいと思うよ」
ロイドがアルバートにアドバイスした。
3人と一匹の目がアルバートを見る。
「……」
アルバートは渋い顔をした。
「わかりました。お願いします」
ノワールのために折れる。
ノワールは課外授業がない時、個人的にカールと訓練することになった。
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