7-6 護身術。




 目が覚めたら、見知らぬ部屋だった。いや、その言い方は適切ではないかもしれない。よく見れば、どこなのかわかった。ロイドの教官室だ。


(なんで?)


 当然の疑問を抱く。

 何が起ったのか、頭の中で整理した。

 カールと打ち合って、体力が尽きたことを思い出す。

 魔法で作った身体のはずなのに、この身体は不思議な事に汗もかくし疲れもする。お腹だってちゃんと空いた。


(どういう仕組みなのだろう?)


 不思議に思うが、きっと考えても答えは出ない。それなら考えるだけ無駄だろう。その疑問はさっさと頭の隅に追いやることにした。


 ボクはソファに寝かされている。毛布のようなものがかけられていた。

 部屋の中には話し声が響いている。

 この部屋の主であるロイドの声と、カールの声。それからアルバートとルーベルトだ。

 4人は何かを真剣に話し合っている。

 目が覚めたことを知らせる前に、なんとなくボクは耳をすませた。


「今後絶対、自衛の手段は必要だ」


 カールがいつになく真面目に言う。剣を握っている時以外は基本的にのほほんとした感じの人なのに、声には緊迫した感じがあった。


(誰の話?)


 ボクは首を傾げる。


「でも、あの小さな身体で出来る事は限られているのでは?」


 聞き返したのはアルバートだ。

 小さな身体ということは、たぶんボクの話をしているのだろう。

 凄く真剣なそのテンションが、妙な不安をかき立てる。


(何かあったの?)


 自分が寝ている間に、問題が発生したのかと思った。

 そして、困る。完全に、起きるタイミングを逸してしまった。


(さて、どうしよう)


 半端に話を聞いた後では、起きづらい。

 だが、このまま寝たふりを続けるのも難しかった。何より、4人が話している内容が気になる。

 自分の事だとわかったからこそ、このままではいられなかった。


「う、うにゃーん」


 とりあえず、一声鳴いてみる。もぞもぞっと身を起こした。

 今、目が覚めました的な演技をする。


「ノワール。起きたのか?」


 さっとアルバートかけ寄ってきた。

 ボクに関しては、フットワークが軽い。

 そのアルバートに向かって、ボクは手を差し出した。抱っこを求める。

 アルバートは嬉しそうに抱っこした。

 ボクはすりすりとアルバートに頬ずりする。

 アルバートはボクを連れて3人の所に戻った。ボクを抱っこしたままソファに座る。

 ボクはアルバートの膝の上に座った。


「体調はどうだ?」


 カールは問う。授業中に眠ったので、気にしているらしい。


(というか、授業中に寝るのはアウトじゃないんだな)


 ふと、そのことに気付いた。寝たボクを起こさなかったのだから、そういうことなのだろう。


「にゃあ」


 ボクは返事した。

 大丈夫なのは伝わったらしい。カールが安堵を顔に浮かべる。

 だが、体調は悪くないが空腹は覚えていた。


「にゃあ、にゃあ」


 ボクはアルバートに訴える。


「?」


 アルバートは首を傾げた。


「お腹が空いたんじゃない?」


 そういうと、ルーベルトは菓子用袋を取り出す。

 妖精に菓子用袋を一つあげたので、ボクに新しいのをルーベルトは用意した。

 ちなみに妖精は週一くらいでガチでただお菓子をもらうためだけにやって来る。転移の魔法をそんなことで使っていいのか?と思ったが、お菓子は妖精内で大人気らしい。みんなが楽しみにしているそうだ。食料調達に魔法を使うのは普通だと言い返される。

 本人がそれでいいなら外野が口を出すことではないとボクは引き下がった。


「にゃあ」


 さすがルーベルト、使えると思いながら手を差し出す。

 クッキーをくれた。貰ったそれを黙々と食べる。


「ただ食べているだけなのに、天使だな」


 ロイドが気持ち悪いことをのたまった。そしてそれにアルバートが頷く。


「うちの子は何をしていても可愛い」


 親バカ発言をかました。

 ルーベルトはそんな二人の言葉をまるっと無視する。


「さっきの続きですが……」


 話を元に戻した。


「ノワールに護身術が必要なら、本人にその話をするのが一番早いでしょう」


 ボクを見る。


「にゃあ?」


 ボクは一声鳴いた。まず、どうして護身術が必要だという話になっているのか、それを知りたい。だが当然、そんなのは鳴き声一つでは伝わらなかった。


(もどかしい)


 ちょっといらっとする。

 それにロイドが気付いた。


「言いたいことは言った方がいいんじゃない?」


 苦笑交じりに提案される。その目は真っ直ぐ、ボクを見ていた。

 喋ればいいと言いたいらしい。

 ボクはちらりとアルバートとルーベルトを見た。


「ノワールの好きにすればいい」


 アルバートの手が優しくボクの頬を撫でる。

 ボクは甘えるように、もう一声にゃーんと鳴いた。

 部屋の中を見回す。

 室内にいるのは4人とボクだけだ。

 この場で、ボクがしゃべれることを知らないのはカール一人だ。カールなら、口止めも出来るだろう。


「わかった」


 ボクは返事をする。カールがぎょっと目を見開いた。わかりやすく驚かれる。


「しゃべれるのか?」


 質問された。


「うん。でも、普段は面倒だからしゃべらない。話せるってわかったら、みんないろいろ聞いてくるでしょう?」


 ボクの問いかけに、カールは頷く。


「なるほど」


 納得した。


「だから、しゃべれるのは内緒にして」


 ボクは頼む。


「わかった」


 カールは了承した。

 話がついたところで、ボクは切り出す。


「どうして、ボクに護身術が必要なの?」


 カールに聞いた。


「獣人は珍しい。契約済みであっても、欲しがる人間は少なくない。その上、ノワールは綺麗だ。そういう目的で狙われる危険だって十分にある。だから、自分の身は自分で守る必要がある」


 カールは思ったより理路整然と説明してくれた。脳筋だと勝手に思っていたが、そうでもないのかもしれない。


「それは魔法じゃダメなの? たぶんボク、誰にも負けないよ?」


 自意識過剰ではなく事実として、尋ねる。自分で言うのもなんだが、ボクの魔力はちょっと引くくらい強いかった。


「魔法も万全ではない。キャンセラーみたいなものも存在するし、魔力の使用を妨害する方法だってある。魔力だけに頼るわけにはいかない」


 カールの話はもっともだ。


「わかった」


 ボクは頷く。


「どうすればいいの?」


 カールの提案を聞いた。

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