7-8 活動限界。




 放課後、こっそりとカール先生が訓練してくれる事になった。こっそりなのは、人が見に来たりしないようにするためだ。

 喋る姿を見られるのは不味い。

 幸い、敷地の外れにある練習場は遠いので、用事がある人間しか来ない。そこに週に一度か二度、足を運んだ。当たり前のようにアルバートとルーベルトも一緒に行く。ボクを独りに出来る訳がなかった。

 2人はただ見ているだけだが、付き添ってくれる。

 いつものようにアルバートに抱っこされて、そこに向かった。

 アルバートの首に手を回して、しがみつく。天気がいいから眠くなった。歩くときの適度な揺れも気持ちがいい。

 うとうとしていたら、優しい手が頭を撫でてくれた。

 ボクはアルバートを見る。チュッとその頬に触れるだけのキスをした。

 大好きな気持ちが溢れてくる。

 耳を触られて、くすぐったいが気持ちが良かった。

 いつの間にか寝ていたらしい。着いたよと起こされて、はっとした。


 カールは先に来ている。大雑把な人に見えるのに、以外と細かい。5分前行動が身についているようだ。


「眠そうだな」


 寝起きのボクを見て、笑う。頭を乱暴に撫でられた。

 当然、髪はぐちゃぐちゃになる。


「……」


 ボクは無言で、手櫛で髪を直した。

 恨みがましくカールを見るが、全く気にしていない。


(こういうところは大雑把)


 カールの中にはちゃんとした部分と適当な部分が混在していた。そういう意味で、読みにくい。


「さて、始めるか」


 アルバートが抱っこしていたボクを降ろすのを見て、カールは言う。


「うん」


 ボクは頷いた。

 カールの訓練は単純で明快だ。

 相手の襲撃を受ける訓練だから、襲いかかってくるカールからボクが逃げる。

 絵面だけみたらかなりの犯罪だ。

 アルバートやルーベルトは苦笑している。

 逃げ方は何でも良かった。無様でも、避けられれば合格だ。ただし、体勢を崩すと次に動けなくなる。

 ただ避ければいいということではないのだと、早々に学習した。

 自力でそこにたどり着いたら、カールは効率的な逃げ方を教えてくれる。

 とりあえず足を一歩引けと言われた。対象の位置が変わると、相手はとりあえず焦るらしい。


「最初から教えてくれたらいいのに」


 ボクは頬を膨らませた。


「簡単に覚えたものは簡単に忘れるんだよ」


 反論が返ってくる。

 教師らしいその物言いに、ボクも納得してしまった。そんなこんなでボクは逃げ方を学習する。


 途中に休憩を挟んでお菓子を食べた。

 ずいぶん暢気に見えるが、それがボクには必要であることがカールとこそ練を始めてから発覚する。


 身軽で、猫としての身体能力を持っているボクの飲み込みは早かった。何を習っても、直ぐにマスターする。

 何もかも順調だと思っていたら、思いもしないところに落とし穴はあった。

 ボクは致命的に体力がない。

 正確には、人に化けた姿のままだと活発に動くには限界があった。

 授業中に寝てしまったのも、それが原因だったらしい。

 全力で動けるのは、時間にしたら15分ほどだ。それを長いと考えるか短いと考えるかは人によるだろう。ただし、15分めいっぱい動いてしまうと、眠くなってその後に動けなくなる。実質的には10分程度が活動限界という感じだ。


(ウルトラマンに比べたら、長いな)


 そんなことを考えたが、洒落にならない。

 それはなかなか重大な事実だ。

 ちなみに、めいっぱい動く前に体力を使うと活動限界はさらに早くなる。

 試しに、練習場までアルバートに手を引かれて自力で歩いてきたら、まともに動けるのは3分くらいだった。リアルウルトラマンになってしまう。

 アルバートにしょっちゅう抱っこされているのはある意味、正解だったらしい。

 おそらく、人型を維持するのだけでそれなりのエネルギーが消費されているのだろう。

 いくら食べても太らないのもそのせいだ。

 ラッキーな体質だと思っていたが、そうでもなかったらしい。食べても食べても、エネルギーが満タンになる感じがしない。

 だが活動限界はあくまで激しく動く場合の話だ。今までのように普通に日常を送る程度なら、いつもの食事にお菓子を足すくらいで何の問題もない。


(好きなだけ食べていいと言われても、そんなに食べられないんだよね)


 ボクは心の中で独りごちた。

 腹八分目という昔の人の知恵は偉大だ。空腹もきついが、満腹も苦しい。もう少し食べれるなくらいで止めておくのが丁度いい。それは前世の経験で知っていた。


 休憩後、今度は襲われたのを防いだ後に反撃する方法を習う。

 相手を殺すことではなく、一歩引かせて逃げる隙を作ればいいからハードルは低かった。だが、カールはそんな簡単には引いてくれない。

 逃げる隙を作るのは予想以上に大変だと、ボクは知った。



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