11-3 違和感。
王子は気さくな人だった。
中庭に案内してくれながら、道すがら城の中を説明してくれる。主に調度品の話をカールにしていた。それはカールが去った後に取り寄せたものらしい。
カールは王子とずいぶんと親しそうに見えた。ずっと2人で話している。
ちなみに、王子はボクにはたいして興味がないようだ。一番最初に確認するように見られて以降、こちらに視線が来ることはない。
王子のお気に入りはカールのようだ。
(ずいぶん気に入られているんだな)
ボクはそんなことを考えながら、意味深にロイドを見る。目が合って、ロイドはふっと笑った。ボクが何か聞きたそうにしていることが伝わったらしい。
「カールは王子のお気に入りだったんだよ」
小声で説明してくれた。だがそれは見ていればわかる。どちらかと言えば、なんでお気に入りなのか理由の方を知りたかった。
そもそも、カールは普通にいい人だ。心根が真っ直ぐで正直だ。信頼できるし、頼りにもなる。側にいてくれたら心強いだろう。でも王子の懐き方はそれだけではない気がした。命を救ったとか、そういう何かしらがあったのかもしれない。
(まあそんな話、この場で出来る訳もないけど)
ボクは心の中で呟いた。気持ちを切り替えて、王宮の中を観察する。
どこもかしこも贅を尽くして、キラキラしていた。これが他人事なら『わー、凄い』とただ感心すればいい。でも自分の国の王様の城だと思うと、なかなか複雑だ。
(だってこれの財源って、税金だよね?)
無駄、無駄、無駄~って叫びたくなる。
(美術品で国民の腹は膨れないんですよ、王様)
嫌味の一つも言いたい気分になった。だが、ただのネコであるボクにそんな権限もチャンスもない。
「わかりやすく、不機嫌だね」
ロイドにそう言われて、眉間に皺を寄せて顔をしかめていたことに気付いた。
(いけない、いけない)
ボクは手で自分の眉間を擦る。せっかくの可愛い顔が台無しだ。ネコであるボクに出来ることなんて、せいぜい、可愛さで人を魅了して、下僕にすることくらいだ。それ以上のことは荷が重い。
(この国を憂うのはこの国の民に任せよう。ボクはただのネコだしね)
うんうんと自分で自分を納得させていると、隣でロイドがくすくすと笑っていた。
「ノワールは可愛くて面白いね」
うっとりとした顔で言われるのが、ちょっと怖い。褒められているようだが、褒められている気が全くしなかった。
「ふーっ」
ボクはロイドを軽く威嚇する。
「え? 今、なんで私は怒られたの?」
ロイドはわからないという顔をした。さっきの言葉は嫌味ではなかったらしい。
そんなことを話している間に、中庭に到着した。
花が咲き誇っている場所の真ん中にテーブルと椅子がある。椅子の一つにはやたらとクッションが積み上げられていた。あそこがボクの椅子なのだろう。
「ノワールはその椅子に」
予想通り、王子はその椅子を指し示した。さっきアルバートがボクの名前を教えたが、覚えているとは思わなかったのですらっと名前が出て来て驚く。たいして興味がなさそうだったのに、ちゃんと覚えていたようだ。
(なんか怖い)
見た目を裏切って、食えない相手なのだと察する。
「はい」
アルバートは返事をして、ボクをクッションの上に座らせた。テーブルの高さに合わせてクッションを重ねたのだろうが、いまいち座りが悪い。もぞもぞ動いて、微調整した。ファミレスとかであった子供用の椅子が欲しいと思う。この世界でああいう椅子を見た事がないので、作ったらもしかしたら売れるかもしれない。
(学園に戻ったら、椅子職人を当たってみよう)
そんなことを考えた。
アルバートはボクの隣に座り、その隣にルーベルトが。ロイドとカールはテーブルの向かい側に座った。場所は王子が指示する。王子は当然のようにカールの隣だ。
(大好きだな)
ちょっと突っ込みたくなる。子供としては可愛いが、王子としてはどうなのだろう。カールが王宮勤めを辞めて教師になった理由は王子に懐かれ過ぎたからかもしれないと思った。きっと周りの人間はカールをよく思わない。
つらつらと勝手な想像を膨らませていたら、突然、空気がぴりっと凍てついた。緊張がその場に走る。
その理由は直ぐにわかった。
全員が席についたのを見計らって、王女が登場する。どんぴしゃのタイミングなのは、誰かがこちらの様子を窺っていたのだろう。
監視されていたのかと思うと、いい気分はしなかった。でもそれは顔には出さない。
王女は自分の席まで来ると、座る前にぐるりとテーブルについている客の顔を見回した。
「何やら、懐かしい顔があるな」
カールのことかと思ったら、その視線はロイドに向けられている。
(あれ? こっち??)
ロイドも王宮に出入りしていたであろうことは予想していたが、王女の反応はそれ以上のものだった。
(ボクではなく、ロイドやカールを城に呼びたかったんじゃないの?)
ボクはそんな疑いを持つ。ロイドやカールが客人としてロイエンタール家に滞在しているのは、イレギュラーなことだ。だが、調べれば直ぐにわかるだろう。噂くらい立っていても可笑しくはない。貴族とは何より噂が好きな生き物だ。人より自分が先に知っていることがステータスになる。それを自慢するので、あっという間に噂は広がった。他人が知らない話題ほど、積極的に話す。
「そこにいるのがネコか」
急に話を振られて、びっくりした。
「にゃっ」
思わず、声を上げる。
そんなボクに王女も驚いた顔をした。
「お前、ニャーとしかしゃべれないのか?」
問いかけてくる。
一瞬、返答に迷った。嘘をついたら後々、面倒なことになるだろう。だが、ここでしゃべると答えたらそれも面倒なことになりそうだ。
(バレた時のことはバレた時に考えよう)
とりあえずこの場を乗り切ることにする。
「にゃあ」
ボクは返事をした。
「ふむ」
王女は1人で頷くと寄ってくる。
ボクはちょっと身構えた。
だが、王女は不用意に手を伸ばしたりはしない。一定の距離を取って、ただ眺めていた。
(あれ?)
ボクは心の中で首を傾げる。
無遠慮な人なんてどこにでもいる。だがそういう人はたいてい、手を伸ばしてボクにべたべた触ろうとした。
だが王女はじろじろと観察するけれど、むやみに触れてはこない。
(なんか、ちょっと。思っていたのと違う)
ボクは小さな違和感を覚えた。
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