11-4 気まずい茶会。
ボクの周りを右に左に、移動しながらミリアナはしげしげとボクのことを眺めた。ものすごく見てくるのに、触れようとはしない。
(思っているほど悪い人ではないのかもしれない)
ふと、そう思った。
ぶしつけな人間はどこにでもいる。
可愛いボクに無遠慮に触ろうとする人間はけっこういた。ボクが獣人だというだけで何をしても許されると誤解している人間もいる。もちろん、大人しく触られてやる義理はないのでそういうやつらはもれなく『シャーッ』と威嚇して追い払った。引っ掻く爪が人型だとないことをとても残念に思う。
そういう奴らは痛い目をみればいい。
だが、ミリアナは違った。
手を伸ばしてはこない。そこにはボクへの気遣いを感じた。知らない人間に触られるのが嫌な事がわかっているように見える。
(まあ、汚らわしくて触りたくないだけという可能性もあるけれど)
一応、穿った見方もしてみた。
あまりに見られて居心地が悪いのは我慢する。ただ、ネコミミはぴくぴくと動いていた。嫌な気持ちがネコミミに現われているのは自分でもわかる。
(うーん。ネコミミは正直)
理性でネコミミは制御出来なかった。ある意味、そこはネコのままらしい。
しばらくの間、ミリアナはボクを眺めていた。満足したのか、自分の席に戻って座る。
王女は側近を引きつけてやってきていた。彼らは王女の行動を固唾を飲んで見守っている。何もせずに静かに座ったミリアナにほっと安堵の息をもらした。
その反応だけで、ミリアナが周りからどう思われているのかよくわかる。
「今日はわたしのお茶会にようこそ」
ミリアナは唐突に切り出した。席に着いている面子を見回す。誰もがちょっと気まずい顔をしていた。
ロイドでさえ、居心地が悪そうだ。
それを楽しんでいるのか、ミリアナは小さく笑う。
「楽しんでいって」
一言、そう言った。
(どうやって?)
突っ込みたくなったのはきっとボクだけではないだろう。
場の空気は最悪に気まずかった。みんながミリアナに気を遣っている。
ミリアナの言葉を合図に、メイドたちがお茶を注いで回った。ふわっといい香りが鼻をくすぐる。
「にゃあ」
ボクはカップを手に取った。ネコのボクは当然、猫舌だ。ふうふうとカップの紅茶を吹いて冷まし、一口飲む。
(うん。高さそうな味がする)
そう思った。当たり前に美味しい。
目を閉じ、お茶の風味を堪能していたら、視線を感じた。ミリアナがじっとボクを見ている。
「美味しい?」
問われた。
「にゃあ」
ボクは返事をする。
「そう。お菓子も食べなさい」
ミリアナはそう言った。
ささっとメイドが動く。ボクの前に菓子を盛った皿を置いてくれた。
「にゃあ」
頂きますと手を合わせて、ボクは菓子を口に運ぶ。
「にゃっ」
普通に美味しくて驚いた。
(さすが王族。お茶会のレベルが違う)
感心する。
遠慮するのも可笑しいので、ばくばくと菓子を食べた。皿を空にする。
「よく食べるわね」
呆れたようにミリアナは呟いた。そういうミリアナは全然、菓子に手をつけていない。
(飽きたのか、ダイエット中なのか……)
ボクはちらりとミリアナを見た。スタイルはかなりいい。ダイエットの必要はなさそうだ。
「にゃあ」
ボクは相槌を打つ。ミリアナの言葉に返事をした。
ネコ語なので何て言っているのか伝わらないだろうが、そもそもただの相槌だ。意味なんてない。
ミリアナは威圧感がある女性だ。30歳くらいだと聞いていたが、それよりは若く見える。赤毛の長い髪はウェーブしていて、とても迫力があった。瞳の色は濃い茶色で、お姫様と言えば金髪碧眼というイメージがある日本人としては地味な印象を受ける。王子がまさしく金髪に碧の瞳をしているので、半分しか血は繋がってはいないとはいえ2人は姉弟には見えなかった。
(こういうのも王女が捻くれた原因なのだろうな)
気持ちはわかる。
今のボクはネコミミがついた超絶美少年だ。だが、前世の記憶がボクにはある。そこでのボクはわりと普通の顔立ちだった。可愛く産まれたかった気持ちは理解できなくもない。
王子は落ち着いた印象があるが、美少年なのは確かだ。アルバートの方がきらきらしていて王子様っぽいけど、十分にイケメンと言えるだろう。
一方、ミリアナもそれなりに整った顔はしていた。しかしきつめの印象を受ける。それは赤毛のせいかもしれないし、いろいろ噂を聞いたからそう見えるだけなのかもしれない。
(王子と王女で性別が逆だったら良かったのに)
何も知らないボクでさえそう思った。きっと周りの人はもっとそう思っているだろう。
たが、ネコに産まれて途方に暮れるより、人間でお姫様に産まれたって時点で勝ち組だと思う。
そう言って慰めたいところだが、実際にそんなこと言ったらミリアナは烈火のごとく怒るだろう。人は真実を突きつけられると、キレることがある。
ミリアナはそういうタイプに見えた。
(にゃあにゃあ鳴くことしか出来ないネコで良かったな)
しゃべれない設定にしておいて当りだと思う。うっかりしゃべっていたら、墓穴を掘りそうだ。
(ボクはただのネコだから、余計なことは気にしない)
そう決めて、いつの間にか用意されてあるお替わりの皿にも手を伸ばした。先ほどとは別の種類のお菓子が乗っている。
(これも美味しい)
幸せだな~と思った。
けっこうお腹いっぱいなのに、不思議と食べれてしまう。お茶のお替わりも欲しくなった。
「にゃあにゃあ」
ボクはカップを手に、近くにいるメイドに向かって鳴いた。
「え? はい? お替わりですか?」
メイドが戸惑った顔で聞いてくる。
「にゃあ」
ボクは頷いた。
「ただいまお持ちします」
そう言うと、メイドは慌ててお茶のお替わりを用意する。先ほどとは別の種類の紅茶のようだ。香りが違う。
ボクはふと、視線を感じた。みんながボクを見ている。
ぱくぱく飲み食いしているボクに驚いた顔をしていた。よく見ると、他の人はお茶やお菓子にほとんど手をつけていない。
(え? なんで? 毒でも入っているの?)
ボクは困惑した。だがそれならボクはとっくに毒にやられているだろう。
(普通に美味しいのだから、飲んで食べればいいのに)
そう思った。
「にゃあ」
皿を持って、隣に座るアルバートに食べろと差し出す。
「えっ……」
アルバートは戸惑った顔をした。ちらりとボクの後ろの方に視線を向ける。そこにいるのは王女だ。どうすればいいのか、目で問いかけたのかもしれない。だが、王女は答えなかったようだ。
「にゃあ」
ボクはじれったくなって、お菓子を一つ手に持った。それをアルバートに差し出す。
アルバートは迷いつつ、ボクが持っているお菓子にかぶりついた。
(いや、食べさせてあげるっていう意味ではなかったんだけど……)
そう思ったが、可愛かったのでよしとする。
「にゃあ」
もっと食べろと、ボクは別のお菓子を手に取ってアルバートに差し出した。
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